チェストの引き出しを開けていた鈴原さんと、鏡の破片を握って鈴原さんに向けている私の視線がバッチリと合ってしまった。

しまった―――……!

と思うより早く鈴原さんは引き出しから手を退け、あれこれ考えていた私はその一瞬で全ての冷静さを失い、鏡の破片を握ったまま鈴原さんに突進した。体当たりする勢いで彼に向かっていったが体格の差と、経験が物を言ったのだろう。

「灯理さん!」

鈴原さんの怒鳴り声が響き、私の鏡の破片を持った手首を掴んだ。だけどまだ私の手から破片は離れていない。ぐぐっと力を入れて鈴原さんの顔をめがけて押しだすと鈴原さんは流れ落ちる私の血液で手が滑ったようで、その力が緩んだ一瞬

「ごめんなさい!」
私は叫んで彼の顔めがけてその破片を振り下ろした。

しかしその破片の先は鈴原さんに命中することなく、彼が後退した際に足を滑らしたのだろう尻餅をつき私の破片を持った手は虚しく空を切った。

それでもここで怯んでいられない。最初は失敗したけれど次で決めなければ、と言う焦燥感から私は再び破片をふり仰いだが、またも鈴原さんの方が一足早かった。文字通り。

彼は私の脛を足払いして「キャ!」私はその場で転んだ。素早く身を起こすも鈴原さんが私の手を取り覆いかぶさってくる。

「灯理さん!落ち着いて!そんなもの置いて!」

「離して!」

鏡の欠片を奪い合い、私たちはもつれるように争った。

鈴原さんは私の手の中にある鏡を取り返そうと、私は奪われないように、と。強く握っているから鏡の淵が私の掌に食いこみ、そこから新しい血が流れる。血は私の掌を赤く染めあげ、手首を伝い着ていた薄いニットの袖を濡らす。

痛みは感じなかった。ただ必死だったのだ。

私は鈴原さんの下で暴れた。動かせる全ての肢体を使って。鈴原さんのあちこちを蹴ったがいかんせん体格の差がある。それに鈴原さんは鍛えていそうだった。びくりともしない。

むやみやたらと足を動かせていたせいだろう。ローテーブルに足をぶつけた際にその上に置いてあったキャンドルが転がって床に落ちた。

キャンドルの先に灯った炎は、通常なら考えられない勢いで、たちまち舐めるように燃え広がり私は目を見開いた。

「何で!」

「あらかじめ灯油を巻いておいたんだよ。最終手段で」と鈴原さんが私を覗きこみ静かに言い放った。

温度の感じられない、冷たい―――声だった。

“最終手段”と言うのは私と心中するつもりだったのか―――

炎はたちまち燃え広がり、あっという間に部屋中に広がった。一刻も争う程、時間がないのは明白だった。

白い壁に炎が作り出した影がもつれあって争う二人を映しだしていた。その壁にもメラメラと炎が移っていく。

何度目かの鈴原さんを蹴ろうとした足を彼の手が止め、そのふいに近くにあった布に引っかけたようだ。ズルり、とその何か布のようなものが剥がれ落ち、そこには立派な四角の姿見の鏡が姿を現した。

接近した攻防が繰り返され、やがて鈴原さんが私の手から鏡の破片を奪った。