■□ 死 角 □■


込みあげてくる涙を呑み込み、何とか息を整えると、私はふらつく足取りでお手洗いに向かおうとした。涙が引っ込むと、その代わりに胃液がせりあがってくる。何もかも吐き出してしまえば楽になるかもしれない。それから考えをまとめて……と考えていると

ふとバスルームに目が行った。洗面所の灯り取りの窓から侵入した月明かりがその場を淡く照らし出していて、内部が見取れないわけではない。バスルームの引き戸は開いていてシャワースペースがあり、その横にバスタブがある。

この洗面所は一見して外に繋がる出入り口がない。

何か……何かないか。鈴原さんに抵抗するための武器になるようなものが、何か。

さっきまで吐き気をもよおしていたけれど、それが引っ込むと少しだけ冷静になれた。私は一心不乱にあちこちを見渡した。

何か……何かないか!

カミソリ、漂白剤……何でもいい。

けれど、バスルームの中にはこれと言って武器になるものは無かった。慌ててバスルームから出て脱衣所に向かうと、今度は洗面台の下に取り付けてある扉付きの棚を開いたがそこも空だ。生活できる物が何一つ揃っていない。

空屋と言ったから当然だろう。どうしようか悩んで顔を上げると、ふと洗面台の上で四角い鏡が目に飛び込んできた。


鏡―――……


私はその鏡にそっと手を這わせた。その鏡の中には顔色が悪い自分だけが映っていた。不思議だね、この前まで陽菜紀の幽霊が怖くて、まるで彼女の視線から隠れるように目張りしたのに。

今は貴女にこんなにも―――


会いたい


でも、陽菜紀は鏡に現れてくれなかった。

陽菜紀―――………力を貸して。

私は拳を振りあげた。