額を押さえて項垂れていると
「大丈夫?ごめんね、気分が悪いことを聞かせて」と鈴原さんが心配したように私の背中を軽く撫でさすった。その手つきは四件の殺人を犯した狂人の手とはとても思えない優しいものだった。
「でも……鈴原さん、陽菜紀のお葬式のとき泣いていたわ……あれも嘘だったと言うの…?演技だったと…」
違うと言って欲しい。人を殺めてしまったことに対する罪悪感からくる涙であってほしい―――と。
「ああ、確かに泣いていた。あれは演技じゃない。あれは、とても
そう、とても―――
嬉しかったんだ。
もう君を手に入れようとしている悪魔のようなあの女は消えた。そう思うと笑いさえこみ上げてきそうだったよ。それを堪えるは大変だったけどね。
確認したかった意味もある。本当に彼女はこの世からいなくなったのか、とも」
悪魔―――……?
悪魔はどっちよ。
すぐ喉元までせり上がってきた罵倒の言葉を何とか飲み込み、私はテーブルの角をじっと見据えて背中を震わせていると、
「本当に大丈夫?」と鈴原さんが私を覗き込んでくる。
「いいえ、大丈夫。教えてくれてありがとう。少し酔ったみたい。お手洗い借りてもいいかしら」と、のろのろ顏を上げると
「どうぞ。水道だけは通してるから」と鈴原さんが私の手を取ってゆっくりと立つのを手伝ってくれる。お手洗いに行きたい、と言うのは単なる口実だ。聞きたいこと知りたいことは全て分かった。ここからは、どうやってこの場を逃げるか考えなければならない。バッグを手繰り寄せると
「悪いけどスマホは預からせてもらうよ」と鈴原さんがさっと素早く私のバッグを横取りした。ここで顔色を変えるわけにはいかない。私は何でもない様子を装って「どうぞ」と言いバッグを押し戻した。
廊下は暗いから、と言って鈴原さんは洗面所まで手を取り案内してくれた。洗面所は一つの部屋になっていて、その中にバスルームと脱衣所、お手洗いが隣り合っている。洗面所の扉を閉める際「ここで待ってるよ」と鈴原さんの声を聞き、私は小さく頷くと静かに扉を閉めた。
パタン…と渇いた空気の中やけに大きく扉が閉まる音を聞き、扉が閉まった瞬間私は扉に背をつき思わず両手で口を覆った。そのままずるずると座り込む。喉元から込み上げてくる嗚咽を堪えながら、必死に両手で口を覆い私は腰を折った。
沙耶ちゃん……
陽菜紀――――
『私さえ居なければ』
さっき思った言葉がふと頭に過った。
でも、もう―――
遅い。



