鈴原さんの手が私の頬に伸びてきて、その指先が頬を撫でる。まるで壊れ物に触れるような慎重な手つきで、そこには殺意なんて微塵も感じられなかった。それでも背中に戦慄が走る程ぞっとして思わず身を後退させようとしたところを何とか留める。

「……ひ…陽菜紀は……何で…」

けれど声にした言葉はみっともなく震えていた。足元から這い上がってくる恐怖と必死に闘いながら何とか聞くと、鈴原さんは私が恐怖に慄いていることに気づかないのか、やんわりと笑った。ぞっとするような、
きれいな笑顔だった。

「単純な理由だよ。陽菜紀は“L事件”の犯人が俺だと知ったから」

予想は付いていた。と言うか陽菜紀が教えてくれた。

あの画用紙……陽菜紀は私に敢えて直接渡すことはせず、私の母に手渡し、その際に意味深な言葉を残した。

あの画用紙は万が一の“保険”だったのだ。

幼稚園の時に描いた四角と星の絵。あの四角の枠の中、陽菜紀の字で文字が書かれていた。

ただし、一見して何もないように見える。

画用紙から香ってきたオレンジのような柑橘系の香りがずっと気になっていた。陽菜紀の愛用している香水でも、ご主人が使っているものではない。

どこか懐かしさを感じたのは、その香りの正体が“みかん”であったからだ。


そう―――それは“炙り出し”だ。


小学校の理科の実験でやった覚えがある。トリックは単純で、画用紙にみかんの汁で絵や文字を書き、炎を近づけると茶色く浮き上がってくる、と言う。きっと誰もが幼い頃一度は試したことがあるだろう。みかんの成分に酸化などの化学変化をさせて見えなかった文字や絵を表示させるものだ。

そこには一連の……三人の“L事件”が鈴原さんの犯行だと書いてあった。陽菜紀は最後にこう綴っていた。


“鈴原くんに近づかないで”


あの意味は……陽菜紀が鏡に現れ、まるで恨みの籠った目で私に忠告してきた言葉は、鈴原さんを私に取られたくなかったためじゃない。

私を危険から遠ざけるため。

炙り出しのトリックも陽菜紀が教えてくれた。前に夢で見たのだ。陽菜紀とアルコールランプの実験中に私が怪我を負う、と言うものだった。

陽菜紀は私を守るため―――

けれど謎はまだ残る。

「でも五年と言うブランクは?陽菜紀は何故……五年の間、気づかなかったの…?何故五年経った今、真相に気づいたの?」
鈴原さんに聞いても陽菜紀の本心なんて分からない筈なのに。

鈴原さんはその横顔に、ちょっと疲れたような疲労を滲ませ額に手をやった。

「それはさっき言った、陽菜紀の“計画”の為だよ。
あいつはそれが実行されるときを待っていた。

邪魔者を一斉排除するつもりでいたんだろう」