突如大きな声を出されて私の肩がびくり、と震える。

「ああ、ごめん。怒ってるんじゃないんだ……その…さっきも言った通り、俺は君に危害を加えるつもりはない」と鈴原さんは慌てて言う。
私は「分かった」と言う意味でぎこちなく頷き、それに安堵したのか鈴原さんが切り出した。
「それにはちょっと複雑な事情があってね」と苦い顔付きをする。

「前に話したでしょう?中学に上がると同時に親が離婚したって。その後母親はオトコとっかえひっかえで何回も結婚離婚を繰り返した。
自分の母親が恋愛体質だってことは、まぁ仕方がないだろうけど、でもあの人のは恋愛じゃない。“依存”だ。オトコがいないとダメなタイプ。だけど俺には恋愛も依存も大差ない。
その時々の父親は……まぁ良い人もいたけれどソリの合わない人もいた。唯一ラッキーだったのは全員暴力的な所がなかったところかな。その点では母はオトコを見る目があったんだろうね。
でも俺は父親たちのことより母親のことが嫌いだった。いや、母親だけじゃない、オトコとっかえひっかえしてる女が嫌になったよ。
特に多感な中学・高校は『お前の母親は淫乱女』って、それでちょっとした苛めみたいなものもあったし。気が多い女は嫌いだ」

鈴原さんはハッキリと言い切った。

苛め―――……確かに何度も結婚離婚を繰り返す母親のことを噂されることは容易に想像できる。でも恋愛体質と淫乱とは違う。と当時山田くんに会ってたらそう言ったに違いない。

「でも……家庭がそんなんだったけれど、俺には唯一の癒しがあった。
君だ」

鈴原さんがまた私を覗きこんできて私は思わず唇を引き結んだ。

「私―――……?」

と聞くと、彼はスーツのポケットから古びた写真を一枚取り出した。それは修学旅行でカメラマンが撮った写真。

一枚30円だか50円だかで購入できる写真で、画面の中央には笑顔でピースサインをする”山田くん”の姿があった。自分の写真を記念に買うのは別段おかしなことではない。けれど鈴原さんは自分の姿はどうでもいい、と言う。

注目すべきは背後の背景……宿の食堂で撮られたものだろう、いくつか並べられたテーブルで食事をする“私”の姿が小さく映り込んでることだ。

「俺が持ってる唯一のツーショットの写真。写真を選ぶとき、買おうか買わないか散々迷った。迷う理由なんて無かったけれど、こんな影でこそこそとか……あのときの俺は一端の男だったんだな、変なプライドが邪魔して……
でもどうしても欲しかった。だから結局買った」

夢で見た。
あれは古い想い出の一つだったけれど、ちゃんと意味があったのだ。