「最初は……そうだね、一目惚れだったんだ。小学校二年生のとき。はじめて俺たちクラスが一緒になって」
鈴原さんはとつとつと語り始める。確かに私と鈴原さん……いいえ山田くんが同じクラスになったのは二年生のときだった。

「君はまるで人形のように愛らしかった。クラスのどんな女子より輝いてみえた。
信じられないかもしれないけれど、まるでそこだけスポットライトが当たったような、そんな感覚」

信じられない―――……ことはない。私も………あのときの私も“山田くん”に対して同じ感情を抱いていたから。でも同じ感情を抱かれていた、と言うところは未だに信じられない。

「最初は顏だったけれど、君はとても内気で大人しく、それでいて頭が良くて。決して目立つタイプではなかったけれど、しとやかで。品があって……小学生に品とか分かるのかよ、って感じだけど、とにかく周りの女子とは違った。

あのときの俺は影でこっそり君を眺めているのが精一杯だった。
いや、時々こっそり眺めることに飽き足らず、何とか君の気を引きたくて、君の幼馴染にちょっかいかけてた」

ああ、そっか。だから陽菜紀に意地悪してたのね。それを優ちゃんが勘違いしたってわけか。

鈴原さんは膝の上に置いた手を組み、指を絡ませそれを解き……と言う動作を繰り返しながらちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせて

「昔―――……
ここに来てくれたろ?
バレンタインのとき、クッキーを持ってきてくれた」
と消え入りそうな声で言った。鈴原さんの呼気で炎が大きく揺れた。

ええ、確かに山田くんに食べてほしくて、山田くんに気持ちを伝えたくて。でもその勇気が出ず私はポストに入れて逃げるようにして帰った。私が贈ったって知ってたの?

「実は、君がポストにクッキーを入れていくのをここで偶然見たんだ」

“ここ”とはこのリビングから庭に続く大きな窓からだろう。

鈴原さんはとうとう絡めた指を完全に解いて両手で顔を覆った。

「だから、俺にとっては記念みたいな場所で。ここを取り壊すって話も出てるけれど、母親に反対をしてる」

ああ、前そんなことを言っていたような。確かあれは、沙耶ちゃんも交えて三人でお茶をしているときだった。ちょっと前のことなのに随分と昔のような気がする。

鈴原さんはさらに続けた。

「君がクッキーをくれたことは知っていたから、両想いだったんだ、と思ったら嬉しかったけれど、でもその当時の俺はどうすればいいのか分からなかった。声を掛けたかったけれど君は逃げるように立ち去って、後を追いかけるべきか悩んで……結局のところ何もできなかった。
クッキーは勿体なくて食べられず、結局カビが生えちゃったけれど」と鈴原さんは苦笑を浮かべる。
「バカね、添加物を使ってないからすぐにダメになるわ」と私も昔に戻ったように苦笑を浮かべる。二十年経った今だから言える台詞だ。

そう、この夜、この時間だけは―――たった二人だけの同窓会なのだ。想い出を分かち合う、同窓会。

「結局、気持ちを伝えることができず、でも学年があがってクラスが変わっても、俺の気持ちは変わらなかった。だから五年生のとき林間学校の天体観測でペアになれたことは、本当に神に感謝したよ。

一瞬とは言え、君の指に直に触れられた――――

私も―――……私もあのとき、とても嬉しかった。