「やめ―――……っ!!」

私は渾身の力を振り絞り、鈴原さんを押した。体が離れて慌てて包丁を探そうとしたけれど、鈴原さんの方が一足早かった。落ちた包丁を鈴原さんが取りあげ、その切っ先が私の方へ向けられる。

「真実を知りたい、って言ったよね。いいよ、教えてあげる。ただしここでは話せない」と鈴原さんは包丁の刃を指先でなぞりながら笑みを浮かべる。

「さ、沙耶ちゃんは安全なんでしょうね」と震える声で何とか聞くと

「君次第かな」と鈴原さんは楽しそうに笑う。「結構切れ味良さそうだね」と言い沙耶ちゃんの寝顔に笑いかけ、鈴原さんがその気になれば今すぐにでも沙耶ちゃんの胸に包丁を突きたてるかもしれない、と恐怖が襲ってきた。

形勢逆転だ。完全に鈴原さんのペースになっている。

私はこの騒動にも動じずただ一定のリズムを刻んでいるバイタル音を気にしながら、震える頭を何とか一つ縦に振った。

手を繋いで夜道を歩く。鈴原さんの目的地が分からないから私は従うしかない。

隣で鈴原さんは鼻歌なんか歌っていて

「嬉しいな~、こうやって君と手を繋ぐの。夢だったんだ」と子供のように笑う。
ちょっと前の私だってきっと同じ気持ちだったに違いない。でも隣で楽しそうにしているのは異常者で、私の手を繋いでいるのもきっと逃がすまいとしているだけに違いない。

「そんなに強く握らなくても私は逃げないわよ」

その通りだった。私は逃げるつもりもないし、大声で叫んで助けを求めることも考えてない。時間は夜の0時だから人の通りは皆無だったが、それでも住宅街のあちこちではまだ灯りが灯っている家が多い。その気になって叫べば誰かが顔を出す筈。

けれど前述した通り、私にはその気がない。

真実を知るまでは。