TRRRR

その音はくぐもってはいたが確実に近くで鳴っていた。本当にすぐ近く―――

やがて鈴原さんは諦めたように吐息をつき、スーツの胸ポケットから一台のスマホを取り出すと『降参』と言いたげで両手をゆっくりと挙げた。

私と鈴原さんが最初、陽菜紀のマンションで会った時、私は鈴原さんの目の前で陽菜紀に電話を掛けた。でもあの時は電源を切ってあったのだろう。

「鈴原さん、病室ではマナーモードにするか電源を切るのがマナーよ。
それに、おかしな話よね。陽菜紀のスマホは陽菜紀を殺した犯人が持ち去ったかもしれないのに、何故鈴原さんが持っているのかしら」

畳みかけるように言うと

「君は変わらないな。小学生のときから頭が良い」と鈴原さんはどこか昔を懐かしむかのように穏やかに微笑み、
「あなたは変わった。私が何故、警察に通報しなかったか。それは単なる証拠不足だけじゃない。警察だって今頃気づいている筈よ。
私が危険を顧みずこうやって無謀なことをしているのは

真実を―――知りたいからよ」

幾分か冷静を取り戻し私が低く言うと

「危険?」鈴原さんは可笑しな言葉を聞いたように笑って

「俺が君に危害を加えると―――……?」と聞かれて、私は目をまばたいた。正直、この質問にはどう答えるか悩んだ。実際、鈴原さんは私に危害を加えたいのか、と想像を巡らせると違う気もする。


「言ったでしょう?

俺はあなたが好きだって。本当のことを言うと

小学生のときからずっと好きだった。

約二十年間好きだった人がようやく手に入るんだ。君を傷つけることはしない」

鈴原さんの予想もしなかった言葉に私の包丁を握る手が緩んだ。その隙をついてか、それに加え体格の差もある。私は鈴原さんの手刀であっけなく包丁を落とされ、鈴原さんは力強い動作で私の両頬を包むと、強引に口づけを落としてきた。