鈴原さんは……いいえ山田くんと言えばいいかしら。でも今の時点ではきっと名は“鈴原”だろう。
鈴原さんは私の言葉に別段驚いたり、言い訳したりせず、余裕のある声音で
「やっと気づいた?」とうっすらと微笑さえ浮かべている。「早く気づかないかな~って思ってたんだけど、どうして気づいたの」と聞かれて
「さっき……私が『もしかしてそうじゃないか』と思って実家に問い合わせたの。卒業アルバムで山田くんのフルネームを教えてって母に聞いたら山田くんのフルネームは
山田 則都だった。
……気づきたくなかった……山田くん。ねぇ沙耶ちゃんはあなたにとっても同級生でしょう?何で殺そうとするの」
用意していた言葉はみっともなく震えた。
「さっき灯理さんから電話が掛かってきたとき、君は確かこう言ったよね。沙耶香さんの意識が戻りそうだ、と。あれは嘘?」
確かに病院から私のスマホに電話があった。でもそれは沙耶ちゃんの意識が戻りそうだ、と言う朗報ではなかった。
沙耶ちゃんの点滴を変えようとしてくれた看護師さんがベッドの脇に落ちているメモを見つけたのだ。そこには何故か私の字で書かれた連絡先が載っていたらしい。
沙耶ちゃんが何を思ってそのメモを残したのかは分からない。今はスマホさえあればアドレスメモリを開ければすぐに電話を掛けることができる世の中だ。
よく見ると、そのメモは確か……今ほどスマホが普及していない時代に「今度お茶でもしようよ」と言う気軽な感じで連絡先を聞かれて書いたものだ、と思い出す。
それを今まで持っていたことにちょっと驚きだったが。
その番号のメモは何年か前に交換したものだろう。しかもシャーペンか何かで書いてあったみたいで若干こすれて見えにくくなっていたもの、その下に最近書いたであろう言葉で
『私に何かあったらここに電話をしてください』と今度はしっかりしたペンで書かれていたらしい。
鈴原さんは私の質問に答えてはくれず、しかも逆に「嘘?」と、聞かれ
「あなただって私に散々嘘を着いてきたじゃない。今更そんなちっぽけな嘘でとやかく言われる筋合いはないわ」と言って鈴原さんの背中に突き付けた。思えば、こんな乱暴な物言いもはじめてだし、ましてやこんな暴挙に出たこと自体はじめてだ。
包丁の柄にぐっと力を入れたけれど、その指先が僅かに震えている。
「灯理さんは変わってないね。小学生のときから」と鈴原さんはまたもやんわりと笑う。そしてそろりと両手を挙げると、ゆっくりと回転して私に向き合った。
「警察にはこのことは?」と聞かれ、私はゆるゆると首を横に振った。
「そうだよね。だって証拠がない。俺が沙耶香さんを殺そうとしていた、なんて何とでも言い訳できる」鈴原さんは嘲るように渇いた笑い声を挙げ、私は顏をちょっと逸らした。
今更―――……
今更、彼の行動に一々動揺などしない。だってある程度予想はしていたことだから。
「沙耶ちゃんに殺意があったかどうかはこの際は関係ない。問題は陽菜紀を殺したのが、あなたか―――ってところよ。
陽菜紀ね、殺される一か月ぐらい前からスマホの調子が悪かったの。どこが悪かったかって?マナーモードにならないらしいの。だから彼女、大事なときは電源を切るしかなかったのよ」
そう言いながら私はスマホにあらかじめ出しておいて陽菜紀の番号を押し、ゆっくりと耳に当てた。またも賭けだ。電源を切られているかもしれなかったけれど、そうであってほしくない、と願いを託して。
鈴原さんがここに来てようやく少しだけ余裕を無くしたようにぎくりと目を瞠った。



