鈴原さんとの会話は楽しかった。相変わらずタメ口がぎこちなかったけれど、その度に鈴原さんからツッコまれたけれど、それでもその慣れないぎこちなさがくすぐったくもあり、ほの温かい空気が心地良い。

まるでシンデレラになった気分だ。今まで冴えない暗い自分に魔法がかかったような。沙耶ちゃんが変なこと言うから……その気になっちゃうじゃない。
食事を終え、定番になっている私のアパートに送ってもらう時、二人で夜道を歩きながら空に浮かぶ星々を眺め、鈴原さんがぽつりと言った。

「明けの明星だ」

星々の一つを指さし、私も顔を上げた。確かに位置的には―――……


「でもあれは……」


言いかけたとき、私は何故か言葉を呑み込んだ。

あれは―――……


隣で歩く鈴原さんの横顔に視線を戻すと、鈴原さんが視線に気づいたのか「ん?」とこちらを見る。

「いえ、何でもないです」と慌てて答え、結局その星についての会話は途切れた。私が敢えて話題を変えたからだ。観たい映画がある、と。鈴原さんの意識もすぐに星から逸れその映画の話題で盛り上がった。
鈴原さんは私をアパートに送り届けると、それ以上をするつもりはないのか

「じゃぁ灯理さん今日は楽しかった。また」と爽やかに手を振って帰っていく。私もそれを引き止めなかった。

部屋に入り、何度も鍵が掛かっているのを確認してチェーンをしっかりとはめる。部屋のカーテンは全て閉じたまま。テレビは点けず、その代わり私は慌てて自分のノートPCを立ち上げた。
しばらく立ちあげてなかったのと、スペックが悪いのとで立ち上がりは酷く重鈍だった。

立ち上がりを待ちきれず私は本棚に入れてある雑誌や写真集、エッセイや小説の間を忙しなく探した。大きさ順に並べた本や雑誌の中で『天体観測写真集』を見つけた。

特に星が好きだったわけではなく、私は買った当時このカメラマンの撮る写真が好きだったのだ。ただあまり売れていないカメラマンらしく、写真集はたったの一回しか出版されていないけれど。

その何の捻りもない写真集を、慌ただしく引っ張り、床に置くとパラパラとめくった。

「あった…“明けの明星”」

そのページはどこか山奥だろう、山の黒いシルエットが浮かんでいて、その空は何とも言えない淡いブルーをしていて、そこに一つ強く輝く星を映したものだった。

説明文にはこう書いてある。
“太陽系で太陽に近い方から2番目の惑星。また、地球に最も近い公転軌道を持つ惑星である。 別名:金星。
キリスト教においては、ラテン語で「光をもたらす者」ひいては明けの明星(金星)を意味する言葉「ルシフェル」(Lucifer) は、
他を圧倒する光と気高さから、唯一神に仕える最も高位の天使(そして後に地獄の闇に堕とされる堕天使の総帥)の名として与えられた。英語訳はルシファー(Lucifer)”

「ルシフェル」(Lucifer)に、ルシファー(Lucifer)

共にかしら文字は“L”だ。