しかし解剖の結果、誤差を考えても前後30分程度だろう。つまり片岡 陽菜紀は中瀬 灯理と鈴原 則都がここに来たときすでに殺されていことになる。
しかしその日一日の防犯カメラを確認したが、片岡 陽菜紀の旦那が正午ぐらいに戻ってきて大きめのボストンバッグを手にマンションを出て行ったことぐらいしか、あの部屋に出入りした者はいない―――筈。
視点を変えて荒井 沙耶香のタバコの吸い殻が落ちていたが、同様にこの日付け付近で出入りはしていない。
監視カメラは玄関ロビーと二台あるエレベーターしか据え付けられておらず、各階の共用廊下の様子は分からない。しかし玄関口のキーパッドは角度的にバッチリ映る範囲で片岡 陽菜紀の部屋の番号をプッシュした人間は、旦那が出て行った以降、後に鈴原と中瀬 灯理が来るまで押されることはなかった。
犯人は一体どうやって入ってどうやって出て行ったのだろう。
その疑問を確かめようと部屋を出るときだった。リビングに置いてある陽菜紀が利用していたであろう三面鏡が目に入った。その隅に陽菜紀の血液で書かれた“L★”の文字を思い出す。
「鑑識の結果、“L★”の文字は片岡 陽菜紀のもので間違いないようです。しかし指紋は陽菜紀と伸一のもの以外出てきませんでした」と久保田が言い、俺も頷いた。
部屋を出て再び廊下を歩いたが、一応防犯カメラの死角になる場所は発見できた。それはエレベータの反対側奥にある非常階段だ。普段は使われていないのだろう、その場所の扉はさび付いて軋んだ音がした。上や下を見ると暗く淀んだ空気が充満していておまけに埃っぽい。咳き込みそうだ。
マンション側も掃除をさぼっていると見える。俺たちはそこから階段を下り、一階ロビー部分に出ると、こちらもやはり防犯カメラの死角部分に出た。
ホシはこれを利用したのだろう。ただし、まだ謎は残る。エレベーター前の自動扉だ。それは番号をプッシュして中から誰かが開錠しないと開かないシステムになっている。出ることは特に何もせず出られるようだが。入る際、住民は番号を押して、与えられた共通の鍵を回せば入られるそうだが。
運良く住民が出入りする時間に出くわすだろうか。もし数十分、或は数時間の間誰も出入りしなかったら―――……?
SNSの投稿のトリックを使えない。これじゃ意味がない。
けれど何らかの形で入ったのは間違いない。その方法が分からない。



