■□ 死 角 □■


その後、中瀬 灯理は話題を変えるためか、荒井 沙耶香に「昔から私はお姫様だったらしい」とちょっと照れくさそうに言い出し、
「なるほど」と頷いた。

「刑事さんまで……私ってそんな人気者じゃないし、きれいでも可愛くもないし」

「いや、荒井 沙耶香さんが言いたかったのは外見的なものじゃないでしょう。いや、俺には見た目も十分にきれいですが」言った後になって恥ずかしさが込み上げてきた。

思えば、こんな風に……フられたとは言え女を口説くのは何年ぶりだろう。前の女房と別れてから、そういうことから一切遠ざかっていたから、やり方が分からない。それでも懸命に自分の気持ちを伝えるのが一番だ。そうしたら中瀬 灯理が振り向くかと問われれば、否。と答えられるだろうが、以前にも中瀬 灯理に言ったが恋愛は弱肉強食だ。

迷惑でない程度に押すのが俺流のやり方だ。

「昔……おとぎ話で何度もお姫さまが登場する物語を読みました。でも私が一番好きなのはシンデレラです。魔法が溶ける前に慌てて逃げ帰ろうとしたとき、シンデレラが靴を片方無くしてしまう…ってあのお話。素敵じゃありませんか」と同意を求められ
「小さい頃何回か聞いた話ですが、はっきりとは知らず…それより俺は白雪姫の方がいいですね」

「白雪姫も好きでした。王子様がキスをしたら生き返るって、すごくロマンチックですよね」

「まぁおとぎ話ですからね。それもアリだと思いますが、今なら王子は何か薬品とかを使って白雪姫を生き返らせたのか?とか。まぁそんな薬品があれば見てみたいものですが。或いは白雪姫は単に死んだフリをしていただけ、とかね」俺が冗談っぽく言うと中瀬 灯理はうっすら笑った。

「刑事さんたら夢がないですね」
「刑事ですから」と俺も笑い返すと、少しの間緊張していた空気が和らいだ。

話し終えるぐらいにタイミング悪く久保田から「早く戻ってこい」コールが掛かり、俺は腰を上げた。

「すみません、時間がありませんので。コーヒーごちそうさまでした」
「いえ……今日は色々……気に掛けていただきまして、ありがとうございました」

中瀬 灯理は、本当の所俺が告白をしに来たのだ、と言うこと今なら分かっている筈だが、そこを敢えてうまくスルーした。俺も笑顔だけで答えてこれ以上深くは言わずに、アパートを辞去した。