■□ 死 角 □■


「え!」中瀬 灯理は声を挙げ慌てて口元に手をやる。「本気ですか」と聞かれて、俺は大きく頷いた。ここまで言ってもう後戻りはできない。する気もないし。

「まぁ俺は半分冗談で出来てるようなもんですけれど、
あなたに対する気持ちは嘘じゃない」

はっきりと言い切ると、中瀬 灯理はしきりに目をまばたいて

「刑事さん、私のこと好きなんですか」と、ちょっと探るように顎を引いて聞かれ、俺は無言で大きく二度三度と頷いた。

「いえ……ごめんなさい。急だったもので……あの…私……この歳になっても、恥ずかしながら男性とお付き合いしたことがないので、こうゆうことに慣れていなくて」
と中瀬 灯理は俺の告白に警戒するかと思いきや、恥ずかしそうに身を縮ませた。

これには俺も驚いた。中瀬 灯理はデータだと確か今年28な筈。美人で頭も良く、それでいてどこか控えめなこの性格から派手にモテるタイプではなくとも少なからず誰かと交際していた履歴があってもおかしくないのに。

「ありがとうございます。でも私……」
と中瀬 灯理は言葉を濁した。


「鈴原が好きなんですか」


と聞くと、今までで一番驚いた表情をつくり中瀬 灯理が目をまばたいて俺を見つめてきた。
「すみません、さっきあなたの部屋から出て行く鈴原を見ました」とすぐに白状すると中瀬 灯理は酷く恥じ入ったように俯いた。

「悪いことじゃありません。例え二人の関係のキッカケが友人の不幸だったとしても、それはあくまでキッカケに過ぎませんので。大事なものを共有したお二人で想い出を分かち合うことも大切ですし、時にあなた方は大変な出来事も乗り越えられてきた」

俺が言うと中瀬 灯理はゆるりと顔を上げ、

「一種の吊り橋効果ってヤツですかね。あ、言い方悪くてすみません。決して悪意があったわけではありませんし、あなたの気持ちはホンモノだと思いますし」
と慌てて手を横に振ると、中瀬 灯理はここにきて穏やかな微笑みを浮かべた。

「優しいところもあるんですね」

と言われて、今度は俺が俯く番だ。

「まぁ刑事なんてやってると人を疑うのが仕事ですし、性格が捻くれちまうかもしれませんが」と言った後大げさに咳払いをして

「それでも、俺が抱いた気持ちもホンモノです」
そう言い切ると

「ありがとうございます。でも……ごめんなさい」と中瀬 灯理は深々と腰を折った。