何かまずいことを言ったか、と後悔した。出来上がったコーヒーを持ってきながら中瀬 灯理は表情を曇らせていた。

何かに悩んでいる様子でもあった。それも酷く深刻なものだと、感じた。だが、それがあの鏡に関係していることだとは思いも寄らなかった。

「あの……刑事さん、実は―――……」と中瀬 灯理は向かい側に腰を下ろして、至極真剣なまなざしで口を開いた。

中瀬 灯理の話は、片岡 陽菜紀の幽霊を見る、と言うことだった。

「幽……霊―――……」
これには想像していないものだったので、思わず聞き返すと
「すみません……頭がおかしくなったんじゃないかって思いますよね」と中瀬 灯理は酷く居心地が悪そうに身を縮める。

「いえ、そうには思えませんが……」実際のところ、中瀬 灯理は至って正常だ。凶悪犯の中には心神耗弱を装って刑の減軽を企む者も居る。だが、恐らく全てではないが見破ってきた。逆を言うとそれこそ精神的におかしな人間も見てきた。中瀬 灯理は俺の目に、至極“まとも”な精神の持ち主だと映る。

「きっと親友が殺されてあなたの心が酷く傷ついたのでしょう。それでまぁ……幻覚と言うか」

一番無難な返答に思えた。けれど中瀬 灯理は俺が思った以上に、重大なことと受け取っているのだろう、コーヒーを運んできたトレイを手に俯いていた。

中瀬 灯理の話に寄ると、最初に片岡 陽菜紀の“幽霊”を見たのは、片岡 陽菜紀の死から約一週間後だと言う。最初は中瀬 灯理が買い物をしている際に店に飾られていた鏡、そしてその後は中瀬 灯理のこの部屋の鏡に、それぞれ現れた、と言う。

『鏡』と言うワードに妙な引っかかりを覚えた。確か連続して起こったL事件の現場にも、鏡の中に“L★”と書かれていたのだ。今回の片岡 陽菜紀も例外じゃない。
中瀬 灯理が出してくれたコーヒーに口を付ける。同じインスタントなのに捜査一課で新米刑事が出すコーヒーよりもうんとうまく感じた。

「この事件が解決したら、きっと片岡さんの幽霊も見なくなりますよ。幽霊ってこの世に思い残りがあるから出てくるんでしょう?解決したら成仏しますよ。
中瀬さんのためにも、早く事件を解決できるよう尽力を尽くします」と言うと中瀬 灯理がぱっと顏を上げた。