「また聞き込みですか?麻美ちゃんのこと聞かれても私よく知らないので分かりません」と顎を引いてちょっと警戒態勢を取られる。けれどその警戒はすぐに緩み

「事件に何か進展が?」と今度は不安そうに目を上げて聞いてきた。
「いや……進展は、残念ながら今の所ありませんが、ちょっとあなたが心配だったので」と、取ってつけたような言い訳をこしらえ頭の後ろに手をやる。自分でも下手な小芝居だと思い後悔した。

「心配……?」だが、中瀬 灯理が意外そうに目をまばたき

「あなたの友人が逮捕されると言うショッキングな出来事があった直後なので、大丈夫かと」

「ええ、それはショックですが……あの、とりあえず中に入ってください。ここじゃなんですので」と言って中瀬 灯理は部屋を促す。

俺の知っている限り、中瀬 灯理はほとんど面識のない男を簡単に家に上げるタイプではない。俺が刑事であることと、そして刑事が“聞き込み”している場面を近所の人間に知られたくないのだろう。

中瀬 灯理は俺をリビングダイニングであろう部屋に促した。間取りは1DKと言ったところか。テレビや折りたたみのテーブルのある所謂居間と言う部屋と、恐らく寝室に使っているのだろう部屋が奥に見えベッドも見える。その間仕切り(まじきり)として引き戸があったが、中瀬 灯理はそっと間仕切りを引き、奥の寝室を庇うように隠した。

まぁ当然のことで。若い女の寝室をじろじろ見る程不躾じゃないが、視界には入ってくると意味もなく戸惑うからそうしてくれてありがたかった。

「コーヒーでいいですか?インスタントですが」と言い、中瀬 灯理は俺の返事を聞かずしてすでにヤカンに火をかけている。
「ええ、お構いなく」

「あ、そこ……適当に座ってください。散らかってますけれど」中瀬 灯理はコンロに火を点けたままテーブルの足元を促した。言われるまま遠慮がちに腰を下ろす。彼女が言う程散らかってはいない。テレビが一台と座椅子が二脚、あとはカラーボックスやチェストがあるぐらいで、そのどれもが整然と片付いていた。几帳面な性格が窺える。

そのチェストの上に未開封だと思われる赤ワインが置いてあった。

ここから―――中瀬 灯理がキッチンでコーヒーを淹れる姿が見える。さっきは後ろで一つに束ねていた黒髪は今は解かれていて、肩の上をサラリと滑った。サラサラしていて柔らかそうな、きれいな髪だ。その漆黒の髪を白い耳たぶに掛ける仕草が……どことなく色っぽい。

だが、何故髪が解かれたのか、と言う疑問が同時に浮かび上がってきて、同時にこの部屋から出てきた鈴原 則都の姿が浮かぶ。

下卑たことを考えて、慌てて頭を振る。わざと大きな声で咳払いをして

「さっきの……洗面所が見えたんですが、鏡にガムテープが……どうされたんですか」と話題を変えると、マグカップにコーヒーの粉を入れていた中瀬 灯理がギクリとしてその動作を止めた。