触れるだけの口づけは、すぐに遠のいていった。私の顔色を窺うように鈴原さんがちょっと眉を寄せて私の顔を覗きこみ
「……すみません……つい…不謹慎ですよね、こんなときに…」と小さく謝ってきた。
私は鈴原さんを見つめてゆるゆると首を横に振った。
「私……私も―――」
好き
と言う言葉は口に出せなかった。それ以上に嬉しくてまたも涙が出そうになるのを堪えるので必死だ。
彼は再び無言で私の頬を包み込み、再度のキス。でも抵抗はしなかった。私がそっと鈴原さんの背中に手を這わせると、鈴原さんは最初戸惑っていたようだったが、やがて私の背中に腕を回すと抱擁を交わしながら何度も角度を変えて口づけを重ねた。
どちらからともなく床に崩れ、私が下で…覆いかぶさるように鈴原さんの口づけが降り注いだ。ラグを敷いた床はまだ冷たいと言うのに、背中は熱を持ったように熱い。倒れたふしに私の纏めていたヘアクリップが外れて髪が解かれた。口づけを交わしながら鈴原さんは私の髪に手をやりゆっくりとした動作で撫で上げる。その動作が心地良い。
何度目かの口づけの合間に目を上げると、鈴原さんはほんの少し頬を赤くして、ちょっと睫を伏せた。
「すみません。この先は……さすがに急過ぎるかな…って」
「……そ…そうですよね」
この先を一瞬でも考えなかったかと言えば嘘になる。でも、このまま流れでしてしまうのはやはり良くない。それよりも、顔が熱をもったように熱い。顏が真っ赤になってないかしら。それが心配だった。
「いえ…!何て言うか灯理さんとは、流れとか勢いとかでそうなりたくないって言うか!あの……少しずつ段階を踏んでいきたいと言うか……」
と鈴原さんは慌てて言う。その慌てっぷりがひどく不器用な少年のように思えて何故だかとても可愛く思えた。“こんなとき”にそう思うのは不謹慎かしら。
でも、男の人に……それも三十手前の良い大人の男性に思う台詞ではないが、本当にとても
可愛い。
鈴原さんは起き上がると姿勢を改めて
「大事にしたいんです」と言った。私は目をまばたいて彼を見上げた。



