それはホテルのレストランの入口を撮ったもので、沙耶ちゃんと従業員の藤堂さんが話している様子が映っていた
やはり防犯カメラの画像なのだろう、少しばかり画像が荒いが間違いない。

「それからこれは数日前の写真。鳥谷 麻美がこのレストランに訪ねてきています」

同じようにレストラン入口でウェイトレスの女性と何やら話し込んでいる麻美ちゃんの姿が映った一枚を見せられ私は目をまばたいた。藤堂さんが言ったことは間違いないようだ。

「順番的に、最初にこのレストランに訪れたのは鳥谷の方が早く、その一週間後…荒井 沙耶香さんが転落した日に彼女は訪れています。問題はこの荒井さんがホテルのレストランに訪れた際、鳥谷がその場を目撃してた、と言うところです」
と、もう一枚違う写真を見せられ覗きこむと、沙耶ちゃんと藤堂さんが喋り込んでいる入口からだいぶ離れた柱の影に、麻美ちゃんがこっそりと入口の方を窺っている姿が映しだされていた。

私と鈴原さんはまたぞろ顔を見合わせて、この異様な光景の意味が分からずただただ目をまばたくしかできなかった。

「鳥谷はどうやら“作家活動”は誰にも知らせずこっそりと行われていたようですね。著者のプロフィールですが、それも片岡 陽菜紀の立場に酷似したものでした。何も知らない読者は鳥谷が書く恋愛小説のほとんどがノンフィクションだと思いこんで、こんなドラマチックな恋愛をしたい、と多くの読者はコメントしています。
空想の世界があたかも現実にあったこととして扱われ、人気を博したわけですが、現実はそうでもなかったようですね」
と久保田刑事さんは苦笑い。

「有名にはなりたいけれど、やはり知人には知られたくない。と、複雑な気持ちだったようです。だって知人友人が知っている鳥谷はこの空想の世界の人間とはかけ離れているから。
こんな夢みたいな小説書いて笑われると思ったらしいです。いつしか鳥谷は『知人や友人に絶対に知られてはならない』と一種脅迫概念みたいなものを浮かべるようになったようです。
どうやらその根本に中学時代、創作小説を書いていたところをクラスの女子に見つかってバカにされた挙句、ちょっとした苛めのようなものに発展したとか。ご存じでしたか?」と曽田刑事さんが私に聞いてきて、私はちょっと顎を引いた。

「苛め……と言う大げさなものではなかったと思います。ただ、小説を書いてるってことがクラス中にバレて、麻美ちゃんは泣いてましたけれど、陽菜紀が怒って……
『小説書いてることが何でいけないの?誰に迷惑掛けてるの』って。それで……クラスのリーダ―各の陽菜紀が一喝すると、まるで瞬間冷凍ようにその問題は消沈しました。それ以来麻美ちゃんのことをからかう子は誰も居らず」

「そうですか。でもそれは鳥谷にとって相当なトラウマだったようで。
なので荒井さんが訪ねていった際に、自分が先に訪ねたことを知られたのではないか、もしかして自分の“活動”を知られたんではないか―――、と。思ったようです」と曽田刑事さんに言われて、何となく納得がいった。

以前、沙耶ちゃんが私に言った言葉を思い出す。

『人の秘密程、甘い蜜は無いんだよ。灯理ちゃんも気を付けた方がいいよ』

と。麻美ちゃんの蜜は―――とても甘かったに違いない。