病院を出て、鈴原さんは「今日は色々お疲れでしょうから、家に帰った方がいいですよ。栄養のあるもの食べてゆっくり寝て……と言っても難しいでしょうが」と彼は私を気に掛けてくれる。
「ええ、ありがとうございます。鈴原さんは?」と聞き返すと
「俺は灯理さんを送っていったあと、会社に戻ります。何かあったら刑事から連絡がくるでしょうから。それまで仕事を…」と言って腕時計に視線を落とす。
「いえ!今日は送っていただかなくても大丈夫です。ここまで無理やりお付き合いいただいたので、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには」と慌てて言うと
「迷惑だなんてそんなことありません。それより灯理さんが心配です」と鈴原さんはどこまでも親切だ。
結局、鈴原さんは私をアパートに送ってくれてそのすぐ後に会社に戻ったようだ。私は、自分の会社に電話をして早退したことの謝罪と友人が危険な状態にあることを伝えると上司も心配してくれていた。気持ちが落ち着くまで少しの間有休を取ることも勧めてくれたが、私はそれをお断りした。私が休みをとって家にいても沙耶ちゃんの容体が良くなるとは限らない。
時間は夜も18:00を指していてさらに昼食を摂っていないのに、一向にお腹は空かなかった。食欲はまるでない。それでも鈴原さんの言った通り栄養を取らないと倒れてしまいそうだから、何とかヨーグルトを食べてやり過ごした。ヨーグルトを入れた皿を片付けながらちょっと考えた。
陽菜紀は、小学・中学・高校と当然ながらモテた。ボーイフレンドの数は私が知っている限り、両手で足りるかどうかと言う数になる。でもどれも長続きしたためしがない。知っている限り長く続いて三か月と言ったスパンだった。
その出会いはほぼ校内が占めていてが、稀にナンパや合コンで知り合った人もいた。
交際―――……と言う漢字二文字を思い浮かべながら、流し台に佇んで、ヨーグルトの皿を水で洗い流しながらシンクの淵を手でトントン、と叩く。
トントントン…
トントン…
音の数が積み重なる度、私の中で小さな決意が一つ、また一つと重なっていく。
トン
最後のその音は小さな決意を大きくするのに充分な音だった。



