「中瀬さん、あなたの聞いた『何であんたが』と言う荒井さんの言葉が引っかかっているんです」と言われ、私は大きく頷いた。

「何か心当たりはありませんか。直接的な名前ではなく、会話の一部とか、物音とか」と質問され私はゆるゆると首を横に振った。名前はもちろんのこと沙耶ちゃんとの電話で沙耶ちゃんを突き飛ばしたかもしれない人物の声も聞いてないし、物音としては電車の通過する音と、後は不愉快なガサガサと言う雑音だけだ。

曽田刑事さんは少し大きなため息を吐き
「それじゃ手がかりはほぼゼロと言うことですね」
「申し訳ございません」と謝ると
「いいえ、仕方のないことです」と曽田刑事さんは言い、
「でも少なくとも荒井 沙耶香さんの顔見知りが現れたことは間違いないようですね。その人物が突き落としたわけではなくても、荒井さんが転落したのは少なくとも目撃している筈。なのに、通報もせずその場を逃げるように立ち去るとなると、やはり何らかの事件性が濃いですね」

「その場に防犯カメラ等はなかったのですか」と聞いたのは鈴原さん。

「残念ながら付近に防犯カメラは設置されていませんでした。唯一の手がかりは中瀬さん、あなたとの会話のみです」と言ってスーツのポケットからビニールに入った沙耶ちゃんのものだと思われるスマホを見せられた。落下したときに地面に打ち付けられたのだろう、ディスプレイは無惨にもあちこちにヒビが入っていて所々破損していた。

「確認したところ、荒井さんが転落したと思われる直前に中瀬さんの通話記録が残っていました」
と言うことは、やはり沙耶ちゃんの“事件”の目撃者―――……と言うのか手がかりを知っているのは私だけだと言うことになる。

「荒井さんは他に何か言っていませんでしたか?そもそも何故荒井さんは中瀬さんに電話を?」と聞かれて、私は思わず鈴原さんを見た。鈴原さんには少しだけ事情を話してある。

彼はちょっと頷き、先週末……あれは優ちゃんが倒れた次の日に沙耶ちゃんと会った、と言うことを曽田刑事さんに説明した。そこで話した内容は陽菜紀のご主人の浮気相手が優ちゃんだったと言うことを知っていたか、と言うことで、それ以外は特に話していない。

「沙耶ちゃんは好未ちゃんや麻美ちゃんにも聞いてみるって言ってくれました」と私が添えると「石川(いしかわ) 好未さんと鳥谷(とりたに) 麻美さんのことですか?」と曽田刑事さんに聞かれて、好未ちゃんは確かに「石川」だけれど麻美ちゃんが結婚して「鳥谷」になったのかは分からない。旧姓は確か「相田(あいだ)」だった。
間違いないと言う意味で頷くと、曽田刑事さんはため息をついた。

「何故そんな探偵みたいなことをしているんですか。事件のことはプロに任せるべきです」
と、咎められ私は身を縮めた。確かに、沙耶ちゃんが事件に巻き込まれたのは私たちが独自に色々探ったからだ。

沙耶ちゃんがこんなことになったのは私のせいだ―――