沙耶ちゃんは私の質問に目を開いて、すぐに顔を横に振る。
「ううん、知らない。もしかして……陽菜紀も不倫してたってこと?ダブル不倫!?」言った後になって沙耶ちゃんは急に辺りをきょろきょろ。誰がどこで何を聞いているか分からないから充分に声を潜める必要がある。
「たぶん……不倫はしてないと思う。でも好きな人はいたと思うんだ」
「え……相手、誰?灯理ちゃんも知ってる人?」と沙耶ちゃんが聞いてきて私は店のガラス戸の向こう側で電話をしている鈴原さんを目配せ。
沙耶ちゃんは口に手をやり
「嘘!」と目を開いた。
「しっー!分かんないけど、そうじゃないかって」慌てて唇に人差し指を立てると、沙耶ちゃんも手で口元を覆った。
「でも、どうしてそう思うの?灯理ちゃん、彼のこと前から知ってたってこと?」
「ううん。会ったのは事件当日はじめて。鈴原さんも陽菜紀に呼び出されたって言ってた」
「じゃぁ何でそう思うの?陽菜紀から聞かされたわけじゃないのに」
陽菜紀から―――聞いた。とは言えない。鏡越しに陽菜紀が私に牽制してきた、と言えば頭がおかしくなったと思われるに違いない。実際、自分でも頭がおかしいのだろうと思う。
でも
「何となく……そうじゃないかなって。陽菜紀アルバイト先で嫌われてたらしいし、そのとき唯一親しくしてたのが鈴原さんだったみたいだし。鈴原さんから聞いたけど、バイトを辞めてもちょこちょこ会ってるみたいな口ぶりだったし。
普通、よっぽど気が合わないと続かないよね……」
「まぁ確かに。陽菜紀は男子にモテたけど、友達になるタイプではないしね。
陽菜紀が彼のこと好きだったとしたら……陽菜紀にとって旦那さんは邪魔だったよね。それも自分に非があったら慰謝料取られてたかもしれないでしょ」
沙耶ちゃんの押し殺した推論に頷き
「だとしたらさ、鈴原……さんの話によれば、陽菜紀は旦那さんが浮気してたってこと知ってたってことでしょ。それを逆手にとって離婚すれば上手くいくじゃない。旦那さんの浮気は陽菜紀にとって好都合だったのかも」
そんな……
私は陽菜紀がそんなことを思ってたとは考えたくない。
「陽菜紀がご主人を他の女に寝取られたって言うことを認めるタイプかな。プライド高いって言うか……」
「まぁそれもそうだよね。うちらより長い付き合いの灯理ちゃんが言うことはもっともだけど」
「そうだよ……だって鈴原さん言ってた。陽菜紀は離婚を考えてない、って」
「じゃぁ陽菜紀はどうするつもりだったんだろうね。あの彼のことが好きだったとしたら」
確かに。
陽菜紀は―――何を考えていたのだろう。



