確か、合わせ鏡は良くない、と昔母に言われた気がする。あれは確か…高校生のときだったか。朝、通学する際にどうしても後ろの髪の寝癖が気になって実家の洗面所で合わせ鏡をしてチェックしてたところを母が通りかかって言ったのだ。
何故、良くないのか当時は分からなかった。でも後から知った。合わせ鏡で映った鏡の中に鏡が写り、その中にまた鏡が写る、という具合に、鏡の中は途方もない広がりを見せることから、「無限に続いている」と思わせ、それは不吉な象徴としてしばし捉えられたらしい。
確かに鏡が無限に続いていたら出口が見えなくてちょっと怖い感じはあるけれど。
でも
鏡の中に写る、鏡―――……そこは無限の世界…
陽菜紀は今、無限の世界に居るのだろうか。死者が送られる天国でも地獄でもなく、ただ無念を抱えたまま閉じ込められているだけなのかもしれない。この四角に。
私が四角を塞いだから、陽菜紀は私の夢に出てきた――――……
私は魅入られるようにガムテープで覆った鏡の淵をそっとなぞり、そして隠した筈の鏡に貼りつけたガムテープを剥がそうとして、はっとなった。
何やってるの。
慌てて手を引っ込める。
ガムテープを剥がしたら、また陽菜紀が現れる。死んだはずの陽菜紀が―――
会いたいと願う一方、私は怖かった。
顔を見たら、私も見たことのない恐ろしい顔つきで陽菜紀はまるで呪いのように「鈴原くんに近づかないで」と言うのだろう。私に、陽菜紀から鈴原さんを奪おう、なんて考えはない。
心配しなくても鈴原さんは陽菜紀のことが好きなんだから。
「大丈夫よ」
鏡をそっと撫でて、部屋に戻るとさっき開けた香水の残り香なのだろう、柑橘系の香りがふわりと香ってきた。



