思い出したところで、そこから鏡を取り出そうと言う気にはなれなかった。再び静かにカラーボックスの引き出しを仕舞い、ビールの入ったグラスに口を付ける。
たった一杯で、しかもあまり度数が高くないビールだったのに、私はいつの間にかテーブルに突っ伏してうとうとしていた。
「……り、灯理」
誰かに呼ばれた気がした。うっすら目を開けると、私のすぐ傍で
血走って充血した目をかっと開いた
陽菜紀が白い首だけをこちらに向けて私をまっすぐに睨んでいた。
「言ったでしょう……
鈴原くんに近づかないで、って」
どうして私の言うことを聞いてくれないの、と陽菜紀は恨みがましく耳元で囁いてきて
「キャァァアアアアア!」
思わず悲鳴を挙げる。
はっ!となって目を開けると、そこは見慣れた筈の自分の部屋だった。ここの所、テレビや電気を点けっぱなしにする、と言う習慣ができていたせいか、夜も12時を回ったと言うのに、私の部屋は明るくテレビではローカル旅番組が放映されていた。
―――夢……?
額に手を置き深くため息を吐くと、肘に何かがぶつかった。それは私が寝てしまう前に飲んでいたビールの空き缶で、幸いにもビールの中身は入っていなかったので床やラグが汚れることはなかった。
「私ったら、雑ね……」と独り言を漏らして缶を取り、そのままの足取りでキッチンに行き缶を捨て、洗面所に向かった。シャワーは浴びたが、もう一度顔を洗ってすっきりさせようと思った。冷たい水を顏に浴びせ、ふと顔を上げるとガムテープで覆った鏡があることを思い出した。
後ろを振り向くと換気の為に開けっ放しにしてあるバスルームの壁に、こちらも同じようにガムテープで覆った鏡があることに気づく。
初めて気づいた。この位置、
合わせ鏡だ。



