未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 『総合資源ステーション・ほさか』

 看板を確認してから莉央はその建物を見上げた。資源ゴミのリサイクルを目的とした回収場所は、鉄骨のフレームとコンクリートでできているのに、どこか温かみがある。

 (この(ひさし)のせいかな……)

 建物のまわりにぐるりと取り付けられた庇は木製だった。色がバラバラなところを見ると、廃材を利用しているのだろう。幅があるので、暑い日には日よけに、雨の日には雨よけになる。人に優しい造りだ。

 中に入ってみると、高いところに明かりとりの窓がいくつもあって、陽光は充分に屋内に満ちていた。天井にはカフェでみかけるような大型の風見が回っている。ゴミ捨て場特有の臭いは一切ない。
 床には誰でも捨てる場所がわかるように、カラフルな色合いで導線がペイントされている。

 (すごいな、黒川さんって)

 クールで自信家で、合理主義。なのに彼の作る建物は、どれも人への配慮にあふれ、空間に優しさが見えていた。彼には、建物が完成する前から、そこに集う人たちの姿が見えるのだろう。

 地域交流センター、空き店舗を利用したデイケア施設、そしてここ、資源ステーション。
 莉央は黒川が携わった建物を訪れて、彼のデザインには、徹底的に人に寄り添う姿勢があるのだと確信した。


 物別れに終わった顔合わせの夜、莉央は迷うように黒川主宰の設計事務所のホームページを開いた。

 不愛想で、莉央とは距離をおく態度。
 行政側に不信感があるように見えた。

 けれど、あの場にいた地域メンバーは彼に全幅の信頼を寄せている。
 だとしたら、地方行政を行う立場でいながら、地域の人たちの感覚に寄り添えていないのは自分たちのほうではないのか。
 そんな引っ掛かりを覚えて、黒川の過去の仕事に触れたいと思ったのだ。

 ホームページのプロフィールには、涼やかにカメラを見据える黒川の写真と出身大学や年齢、一級建築士のほか宅地建物取引士、インテリアコーディネーターなどの資格名が箇条書きで並んでいた。
 記述は簡潔で、肩書の誇張もない。
 さらに、そこには「黒川建設」との繋がりを思わせるものもなかった。跡継ぎという噂がまるで嘘のように。

 ひととおり目を通すと、「施工実績」の欄が目にとまった。32歳という年齢にしては多いプロジェクトへの参加数で、さらにその3分の2は穂坂市内の建物だった。

 (実際に見てみたら、なにか気づきがあるかもしれない……)

 莉央はノートに住所を控え、次の土曜休み、ひとりで町に出かけた。


 資源ステーションのあとは、歩いて10分ほど先にある高齢者施設に向かった。

 駅からは少し離れていて、住宅街のなかに現れる平屋の建物だった。ここもまた、以前は人の住まいだったらしい。
 施設の前に、数人の人だかりがあり、軽トラックが一台止まっていた。荷台には、小ぶりの木が何本かとポットに植えられた草花がいくつも並んでいる。
 職員らしき人たちが、トラックを囲んで話をしている。

 そのなかに、黒川の姿があった。
 作業帽をかぶり、額を汗で濡らしながら、彼は誰かと話していた。
 莉央は条件反射のように、一歩、足を引いた。しかし、身を隠せる場所はない。

 黒川がこちらに気付いて、少しだけ眉を上げた。
 近づいてくる。

 「どうも。奇遇ですね。宮本さん……でしたっけ」

 Tシャツにグレーの作業パンツというラフな装い。半袖からのぞく腕は日焼けして、爪には土が入り込んでいる。
 はい、とだけ小さく答えて莉央は頭を下げた。

 「この施設に、ご家族でも?」
 「いえ、違います。その……」

 黒川は、じっと答えを待っていた。責めるわけでも、急かすわけでもない空気感のなか、莉央はおずおずと口をひらいた。彼にごまかしが通用しないことはもう知っている。

 「実は、市内にある黒川さんが関わった建物を見て回っているところでして……」

 黒川の瞳が、わずかに見開かれた。驚きのなかに、照れのような表情が見えたのは気のせいだろうか。

 「おーい、黒川さん。この木、どこに植えればいいのー!」

 敷地の奥から、明るい声が飛んできた。

 「すみません、今、行きまーす」

 黒川がそちらに顔を向け、振り返りざまに言った。

 「ちょっと、お前、手伝ってくんない? 二時間で終わるから。人が足りないんだよ」

 「え?」

 莉央は目をしばたたかせた。

 お前?
 今、お前って言った?

 「早く」

 黒川はもう歩き出していて、莉央は訳も分からず彼の背を追う。
 心臓の音が、胸の内側をうるさいくらいに叩いていた。