初回の打ち合わせには、古民家が建つ地区の町内会長、学校長、PTA会長、”穂坂市保存会”のメンバーなど地域の代表者8人が顔を揃えていた。
こども図書館のプロジェクトが始まってすでに半年。莉央以外のメンバーは以前から顔を合わせているようで、会議の場は打ち解けた空気が流れていた。
できあがっている輪に、あとから加わること。
それは、幼いころから莉央が苦手とすることだった。
会議の冒頭、莉央はまず、自分が市役所の新しい担当者だと告げ、担当の変更に伴なって計画の遅れが出たことを丁寧に詫びた。
打ち合わせの進行は市役所側が行うというのが前任者からの引継ぎであり、今日もその役目を担うことになっている。
今回は、建物の外観のデザインについて、最終の方向性を固める予定だった。
ところが、その外観のデザイン案こそが今回の担当変更につながった、いわば”火種”だった。
「それでは、資料の6ページめをご覧ください」
莉央が言うと、メンバーが一斉に資料をめくる。紙が擦れる音が静かな空間に広がり、同時に莉央は背筋が硬くなっていくのを感じていた。
「以前、黒川先生のほうから外観のデザインについて……」
言いかけた言葉が、はっきりと通る声音で遮られた。
「すみません。その、”先生”っていうの、やめてください。上下関係、嫌いなので」
ぴしゃりと、しかし、軽やかに。
声のほうに顔を向けると、黒川が、例のまっすぐな視線を莉央に向けていた。その目に射貫かれて、莉央の心拍数が上がる。
「あ、はい。あの……では、黒川さんのほうから以前外観のデザインについて、市側の提案したものにご意見をいただきましたので……」
黒川の目を直視できず、莉央は資料に視線を落とした。
「それは”ご意見”するでしょう。すごかったですから、あれ。見事に古民家の良さをぶっ潰してた」
黒川が皮肉を含んだ声で言った。場に微妙な沈黙が流れる。黒川は唇の片方の端を上げて続けた。
「で、新しい提案が、これですか?」
指で弾くように資料をとん、と叩く。黒川が今回のデザインにも不満があるのは明らかだった。
莉央は喉の奥で絡んだ声をなんとか絞りだした。
「はい。土壁は残すことにして、子ども図書館らしく縁側の木製の引き戸を、開放的で明るい色の大きな窓にすれば楽し気な雰囲気になりますし、それから、ここの……」
しかし黒川は、莉央のあとの言葉を容赦なく遮った。
「伝統様式と現代デザインの融合……ね。まあ、言葉としては格好いいけど。それにしてもこの色と素材はナシでしょう。この場所の空気を感じてない人が考えたって、すぐにわかりますよ。これなら、古民家を改装する意味がない。私からすれば、ほとんど新築です。……やっぱり、わかってないですね」
黒川は、そっと資料を閉じた。
市側の改正案は、莉央が上司たちと机を囲み、何時間も調整を重ねてまとめたものだ。予算内に収まり、”古民家風”は残せるデザイン。これなら、黒川氏も納得してくれるだろうと、みな、一致の意見だった。
けれど、黒川が言っているのはもっと、本質的なものを大切にしたい――たとえば、階段のきしみ、障子から差し込む柔らかい光、土間のひんやりとした空気、柱に残る傷――そういった古民家独特の、時間的、空間的なものをも大切にしたデザインをしたいという想いだったのではないか。
莉央は、木立を抜けてはじめて古民家を目にした瞬間を思い起こした。
あの、空気感――
それらは決して、机の上だけで想像できるものでも、気付くものでもなかった。
黒川のいうことはもっともだった。
言葉を飲み込んでうつむいた莉央の目尻のすみで、黒川が小さく息を吐いたのがわかる。
その冷めた横顔が、胸に痛かった。
ふと、まわりを見回すと、ほかのメンバーも口にこそ出さないものの、黒川の言葉に同意する表情が見て取れた。
昔から、できあがっている輪にあとから加わることが苦手だった。
その感覚が、また、胸の奥でちりちりとうずいた。
こども図書館のプロジェクトが始まってすでに半年。莉央以外のメンバーは以前から顔を合わせているようで、会議の場は打ち解けた空気が流れていた。
できあがっている輪に、あとから加わること。
それは、幼いころから莉央が苦手とすることだった。
会議の冒頭、莉央はまず、自分が市役所の新しい担当者だと告げ、担当の変更に伴なって計画の遅れが出たことを丁寧に詫びた。
打ち合わせの進行は市役所側が行うというのが前任者からの引継ぎであり、今日もその役目を担うことになっている。
今回は、建物の外観のデザインについて、最終の方向性を固める予定だった。
ところが、その外観のデザイン案こそが今回の担当変更につながった、いわば”火種”だった。
「それでは、資料の6ページめをご覧ください」
莉央が言うと、メンバーが一斉に資料をめくる。紙が擦れる音が静かな空間に広がり、同時に莉央は背筋が硬くなっていくのを感じていた。
「以前、黒川先生のほうから外観のデザインについて……」
言いかけた言葉が、はっきりと通る声音で遮られた。
「すみません。その、”先生”っていうの、やめてください。上下関係、嫌いなので」
ぴしゃりと、しかし、軽やかに。
声のほうに顔を向けると、黒川が、例のまっすぐな視線を莉央に向けていた。その目に射貫かれて、莉央の心拍数が上がる。
「あ、はい。あの……では、黒川さんのほうから以前外観のデザインについて、市側の提案したものにご意見をいただきましたので……」
黒川の目を直視できず、莉央は資料に視線を落とした。
「それは”ご意見”するでしょう。すごかったですから、あれ。見事に古民家の良さをぶっ潰してた」
黒川が皮肉を含んだ声で言った。場に微妙な沈黙が流れる。黒川は唇の片方の端を上げて続けた。
「で、新しい提案が、これですか?」
指で弾くように資料をとん、と叩く。黒川が今回のデザインにも不満があるのは明らかだった。
莉央は喉の奥で絡んだ声をなんとか絞りだした。
「はい。土壁は残すことにして、子ども図書館らしく縁側の木製の引き戸を、開放的で明るい色の大きな窓にすれば楽し気な雰囲気になりますし、それから、ここの……」
しかし黒川は、莉央のあとの言葉を容赦なく遮った。
「伝統様式と現代デザインの融合……ね。まあ、言葉としては格好いいけど。それにしてもこの色と素材はナシでしょう。この場所の空気を感じてない人が考えたって、すぐにわかりますよ。これなら、古民家を改装する意味がない。私からすれば、ほとんど新築です。……やっぱり、わかってないですね」
黒川は、そっと資料を閉じた。
市側の改正案は、莉央が上司たちと机を囲み、何時間も調整を重ねてまとめたものだ。予算内に収まり、”古民家風”は残せるデザイン。これなら、黒川氏も納得してくれるだろうと、みな、一致の意見だった。
けれど、黒川が言っているのはもっと、本質的なものを大切にしたい――たとえば、階段のきしみ、障子から差し込む柔らかい光、土間のひんやりとした空気、柱に残る傷――そういった古民家独特の、時間的、空間的なものをも大切にしたデザインをしたいという想いだったのではないか。
莉央は、木立を抜けてはじめて古民家を目にした瞬間を思い起こした。
あの、空気感――
それらは決して、机の上だけで想像できるものでも、気付くものでもなかった。
黒川のいうことはもっともだった。
言葉を飲み込んでうつむいた莉央の目尻のすみで、黒川が小さく息を吐いたのがわかる。
その冷めた横顔が、胸に痛かった。
ふと、まわりを見回すと、ほかのメンバーも口にこそ出さないものの、黒川の言葉に同意する表情が見て取れた。
昔から、できあがっている輪にあとから加わることが苦手だった。
その感覚が、また、胸の奥でちりちりとうずいた。
