未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 打ち合わせの時間までは、まだ30分以上あった。
 莉央は靴の底に砂利の感触を感じながら、古民家に続く小道を歩く。家を守るように立つ大樹の間を抜けると、視界がひらけて古民家全体を見渡せた。
 風が木々を揺らし、葉がさらさらと音を立てる。

 その建物は、時の重みをたずさえて、静かにたたずんでいた。壊れたかわら屋根と朽ちかけた土壁が目立つ家ではあったが、莉央にはどこか呼吸をしているような気配が感じられた。

 ふと、視界のすみに人の影をとらえて、顔を向ける。
 古民家の縁側ちかくにひとりの男性が立っていた。背中を向けて、何かを見上げている。
 午後の陽ざしが白いシャツに透けていた。

 もう誰かが来ているとは思わなかった。莉央は息をのんだ。
 足音に気付いたのか、その人がゆっくりと振り向く。

 意志の強い光がやどった切れ長の目、通った鼻筋。日焼けした頬にかかる髪は、墨を流したような深い黒だ。けれど、その表情にはどこか人を近づきがたくする冷たさがあった。歩み寄っていくと、背丈が180センチは超えるであろうことに気付く。
 男性の視線が莉央の胸元に下がるネームプレートに落とされた。

 「……市役所のかた、ですね」

 落ち着いた声音だった。しかし、彼の視線は莉央を探っている。無礼と言える範疇ではないが、莉央との距離感を測るような、力のある視線だ。
 とっさに莉央は、頭が膝につくくらいのお辞儀をした。

 「はじめまして。地域整備課の宮本莉央と申します。本日はよろしくお願いします」
 「建築士の黒川悠真(くろかわゆうま)です。こども図書館の設計監理を担当させていただきます」

 自己紹介をしながらも、黒川は莉央から視線をはずさなかった。この先、莉央がどこまで踏み込んでくるのか、あるいは、どこで逃げ出すのか――それを見極めようとするような、瞳の奥を()いてくる目ぢからだった。

 (この人が、あの、建築士……)

 無言の圧力に耐えかねた莉央は、視線をそらしてうつむく。強い威圧感に、ただ、その場に立ち尽くすしかできなかった。