「莉央ってば、すっかり時の人じゃん」
美咲は、お弁当のフタも開けないまま、ニヤニヤと顔をのぞきこんできた。
庁舎一階のフリースペース。昼休みは、ここで美咲と並んでお弁当を食べるのが習慣になっている。
「時の人って……やめてよ。ちょっと手を挙げただけだから」
箸を黙々と動かしながら言うと、美咲は目を見開いた。
「いやいや。あの”くせ者建築士案件”に挑戦するなんて、すんごい勇気あると思うんだけど」
”くせ者”というワードが重くのしかかる。
「というか、なんで税務課の美咲がそんなこと知ってるの?」
「私の庁内ネットワークを甘くみてもらっちゃあ困る」
美咲が得意げに顎をあげた。
「莉央も、黒川建設、知ってるでしょ。超大手の建設会社。今回の建築士、あそこの御曹司なんだって。かなりのイケメンって、市役所に出入りするようになってから評判になってたじゃない。彼を狙ってた子もけっこういたらしいよ」
知らないの、と美咲は首を傾げる。
記憶をたどればそんな話題があったかもしれないが、どのみち自分に縁のない話には変わりない。
「でもさ、なんでそんな人が市の空き家再生なんて地味な案件に関わってるんだろ」
ウインナーをひとつ口に放り込んでから莉央は問いかける。
「なんか、父親と方向性が合わなくて自分で事務所立ち上げたんだって。地域密着のまちづくりにこだわってるみたい。ポリシー持って仕事してるんじゃない? だから頑固っていうか。で、市と意見が合わなくて前任の担当と揉めたんだって」
聞けば聞くほど、自分と相性がいい相手とは思えなかった。自然と箸の進みが遅くなる。
ただ黙って親の会社を継げば、平坦な人生を歩めただろうに、自分の意志を貫くパワーのある人。莉央の生き方とは対極にいる人。
本当にそんな人と歩調を合わせてプロジェクトを成功させることができるのだろうか。
「大丈夫かなあ。私」
思わずこぼすと、美咲は小さく笑ってから真剣な目で莉央を見つめた。
「大丈夫。だって、莉央が自分でやりたいって思ったんでしょ。それってすごい事だと思うよ。その熱意、きっと、相手にも伝わる」
「……だといいけど」
莉央は、箸先に視線を落とした。
初顔合わせは、明日、改修予定の古民家で行われる。
今夜はぐっすり眠れそうにない。
美咲は、お弁当のフタも開けないまま、ニヤニヤと顔をのぞきこんできた。
庁舎一階のフリースペース。昼休みは、ここで美咲と並んでお弁当を食べるのが習慣になっている。
「時の人って……やめてよ。ちょっと手を挙げただけだから」
箸を黙々と動かしながら言うと、美咲は目を見開いた。
「いやいや。あの”くせ者建築士案件”に挑戦するなんて、すんごい勇気あると思うんだけど」
”くせ者”というワードが重くのしかかる。
「というか、なんで税務課の美咲がそんなこと知ってるの?」
「私の庁内ネットワークを甘くみてもらっちゃあ困る」
美咲が得意げに顎をあげた。
「莉央も、黒川建設、知ってるでしょ。超大手の建設会社。今回の建築士、あそこの御曹司なんだって。かなりのイケメンって、市役所に出入りするようになってから評判になってたじゃない。彼を狙ってた子もけっこういたらしいよ」
知らないの、と美咲は首を傾げる。
記憶をたどればそんな話題があったかもしれないが、どのみち自分に縁のない話には変わりない。
「でもさ、なんでそんな人が市の空き家再生なんて地味な案件に関わってるんだろ」
ウインナーをひとつ口に放り込んでから莉央は問いかける。
「なんか、父親と方向性が合わなくて自分で事務所立ち上げたんだって。地域密着のまちづくりにこだわってるみたい。ポリシー持って仕事してるんじゃない? だから頑固っていうか。で、市と意見が合わなくて前任の担当と揉めたんだって」
聞けば聞くほど、自分と相性がいい相手とは思えなかった。自然と箸の進みが遅くなる。
ただ黙って親の会社を継げば、平坦な人生を歩めただろうに、自分の意志を貫くパワーのある人。莉央の生き方とは対極にいる人。
本当にそんな人と歩調を合わせてプロジェクトを成功させることができるのだろうか。
「大丈夫かなあ。私」
思わずこぼすと、美咲は小さく笑ってから真剣な目で莉央を見つめた。
「大丈夫。だって、莉央が自分でやりたいって思ったんでしょ。それってすごい事だと思うよ。その熱意、きっと、相手にも伝わる」
「……だといいけど」
莉央は、箸先に視線を落とした。
初顔合わせは、明日、改修予定の古民家で行われる。
今夜はぐっすり眠れそうにない。
