未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 莉央は、市民課を経て地域整備課に籍をおき3年目になる。
 課の仕事は、華やかさとは無縁だった。道路の舗装、側溝の修理、空き家対策や公園の管理など、町のちょっとした不便や困りごとを地道に解決していくことがこの課の役割だった。市がやらなければならない業務のうち、明確に分類できるもの以外がこの課に回ってくると言っても過言ではない。

 地域整備課が”なんでも屋”と揶揄(やゆ)されていることは知っている。でも、莉央はあまり目立たないこれらの仕事にどこか安心感を持っていた。
 自分から声を張らなくても、仕事はむこうからやってくる。求められたことをきちんとやってさえいれば、叱られもせず、かといって褒められもせず、淡々と毎日は過ぎていく。

 課内での26歳は、若手と中堅のちょうど中間だった。優秀な後輩は早いうちに花形の課に異動していくが、羨ましいと思ったことはない。「何もないこと」こそが、莉央の日常で優先されるべきことだった。

 (なのに、なんであの時、手を挙げちゃったんだろう……)

 地域整備課が手がける地域再生プロジェクトのひとつとして、空き家を改修し、子どもたちのための図書館にするという計画があった。担当だった先輩が、いつの間にか通常の業務に戻っているように感じていたころ、朝会で、課長が言った。

 「地域再生プロジェクトの担当を再選出する。皆も知ってるとおり、空き家を活かした子ども図書館の設立の計画が進行中だ。担当には、行政側と住民、施工業者との間に立って調整をしつつ、最終的には児童福祉課と連携して蔵書の選定にも関わって欲しい」

 課長の説明は続いた。
 莉央は、いつの間にか前のめりになっていた。 

 子どもたちが集まる場所、棚いっぱいの児童書、無邪気な笑顔、読み聞かせの声。

 もし、図書館に自分の描いた絵本があったなら、子どもたちの好奇心いっぱいのまなざしを受けながら、自分の声で自分の物語を語ってみたかった。
 毎日のように、そんな光景を想像していたころもあった。

 封印されていた夢が、課長の言葉に合わせるように胸の内で息を吹きかえしていく。
 忘れていたんじゃない。忘れていたふりをしていただけで、夢はずっとそこに在り続けていた。
 

 「担当の引継ぎ者に求めるものは、やる気だ。だれか、希望者はいるか」

 気付けば、莉央の右手は肩の高さで挙がっていた。
 課内の空気がすっと静かになる。

 莉央は、自分自身でも驚いていた。
 最後に自らの意志で何かをやろうと思ったのがいつだったのか、もう思い出せなかった。