春の風が山の峰を越え、あたたかな息吹を町に運んできた。
子ども図書館を守るように取り囲む木々たちは、若い葉を揺らしながら、地面に水玉模様の木漏れ陽を落としている。
日曜日の今日、来館者は親子連れが多い。
莉央は、図書館の外にある丸テーブルでスケッチブックを広げていた。休みの日は、もっぱらここで子どもたちの声を聞きながら筆を走らせている。
車のエンジン音に顔をあげると、一台の軽トラックが縁側近くに横付けされた。荷台に木材と花の苗木が積まれている。運転席から、作業着姿の黒川が降りてきた。
「悪い、莉央。遅くなった。腹、減ったろ?」
テーブルに、駅前のパン屋の紙袋と二人分のコーヒーが置かれた。
「親父のところの現場で、役所の担当とちょっと揉めてさ」
まいった、と言いながら黒川は頭を掻いた。
父親の会社と共同で請け負っている仕事も増え始めたと聞いている。黒川と父親の間にぎこちなさがなくなり、今は同じ仕事をするもの同士として信頼しあっていることに、莉央は静かに喜びを感じる。
「悠真さん、また、けんか腰だったんでしょ?」
くすくすと笑いながら、紙袋に手を伸ばしパンを取り出す。クロワッサンのバターの香りが、ふんわりと風にのって漂ってきた。
午後は図書館の前に新しくウッドデッキを作る予定だ。トラックの荷台に積まれているのは、材料になる穂坂杉の切れ端。花の苗は、花壇に莉央が植えることになっている。
完成して終わりじゃない。これからも少しずつ手を入れて、この家を、子どもたちの笑い声と本のぬくもりにあふれた、温かな居場所に育てていくつもりだ。
黒川となら、そんな未来の日々がかけがえのないものになると信じられる。
「あとであそこに寝ころんで星でも見るか」
黒川がクロワッサンを頬張りながら、屋根裏の窓を指さした。
「久しぶりですね。見えるかな、一番星」
莉央もまた古民家を見上げる。
さくら色の春風が優しく吹き抜けた。
この場所で芽吹いたふたりの恋が、時を重ね、もっともっと大きく花開くよう、莉央は心から願うのだった。
