未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 古民家は、息を吹き返すように、その姿を変えていった。
 穂坂杉は(はり)の補強や傷みかけた床の代替材として使われ、黒川の見立てどおり、当時の木材と調和がとれていた。懐かしい外観は保ちながらも、内装には子どもたちの目線にたった細やかな工夫が散りばめられている。

 角を丸く仕上げた木製のテーブル、高さを抑えた本棚、木漏れ陽のような照明。
 鮮やかな色の背表紙の絵本や図鑑はずらりと並べられ、明日、子どもたちの手にとられるのを待つばかりとなっている。

 オープン前の週末、莉央と黒川は最終チェックに追われた。
 明日、黒川の大切な家族の記憶を抱えたこの場所が、今度はたくさんの人々の記憶をはぐくむ場所になる。そう思うと、一日がかりの休日出勤も喜びに変わっていた。

 「黒川さん、そちらにいらっしゃいます? 靴箱の位置なんですけど……」

 莉央は屋根裏に続く階段を上がっていく。足を置けばきしむ音がする踏み面も、黒川が安全を確認したうえで残す判断をしたものだった。古い音すらも愛おしむ、黒川の信念が息づく場所のひとつだ。

 「黒川さん?」

 返事がない。屋根裏は、夜を含んだ空気に、真新しい井草の香りが混じっている。
 黒川は、畳敷きの床に横たわって目を閉じていた。莉央の気配に気付いたのか、長いまつ毛がゆっくりと持ち上がる。

 「ああ……うとうとしてた」
 「朝早くから、ずっとでしたからね」

 黒川のそばにしゃがみ込んだ莉央に、彼が隣をポンポンと叩いた。

 「ここ、寝ころんでみろよ」

 促されるままに、莉央も畳に横たわる。見上げた先には、屋根の角度にそって斜めになった、真四角の窓がある。

 「あそこ」

 黒川が宙を指さした。人差し指の先、窓の向こうには夕闇のなかに、ひとつ、輝く星が見える。

 「あ……一番星?」

 「そ。こうやって窓の真下に寝ころぶのが特等席なんだ。子どものころ、ここから見える夜空が好きだった。今よりずっと町の明かりが少なかったから、星がたくさん見えた」

 幼い黒川もまた、こうして空を眺めていたのかと思うと、この場所の空気までもが愛おしかった。
 家を取り囲む大樹の木陰や、火鉢の中ではじける炭の音、窓から見える星のきらめき。
 この家が、小さかった黒川の心を癒していたのだろう。莉央にとっての絵本と同じように。

 だからこそ、莉央は彼と一緒にこの家を再生できたことが嬉しかった。黒川の思い出が詰まったこの空間に、また誰かの新しい思い出が宿っていく。その始まりに立ち会えたことが誇らしかった。

 「いよいよ明日だな」
 「そう、ですね……」

 黒川の言葉に、小さくうなずく。明日が終われば黒川との接点はなくなる。もう、会う理由もなくなる。こども図書館の開館は嬉しい。でも、自分たちの関係もまた終わるのだと思うと自然に小声になってしまう。

 静かな空間に、ふたりだけの呼吸が重なっていた。