未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 山道を進むにつれ、舗装道路は次第に砂利へと変わっていった。
 車が停まったのは、青いトタン屋根のこぢんまりとした建物の前。見回しても看板らしきものはない。
 黒川が先に降りて、その建物の中へと入っていく。

 ほどなくして「宮本、こっち」と建物の脇から声がした。莉央が続いて裏手にまわると、そこには何本もの丸太が積み重ねられていた。どれも一本一本がずっしりとした存在感をはなっている。

 「このあたりにあるのが、穂坂杉だな」

 黒川が一本の丸太に手を添えて、切り口を見つめながら言った。

 「年輪の密度が細かい。製材すれば、木目がきれいにでるはずだ。あの家の雰囲気に合う」

 丸太の間を歩きながら、一本一本状態を確かめるように目を細めている。

 「ああ、そうだ。予算は、収まる計算だから」

 ふと思い出したように、黒川が莉央を振り返った。

 「この杉、病気が流行(はや)ったって言ったろ。でも、材積の5割くらいはまだ使える。病害材を活かせばコストも抑えられるし、ほら、役所的にも”再利用”ってキーワード、ウケがいいだろ?」

 茶化すような言い方に、莉央は思わずくすっと笑った。

 そんな風に軽く言ってはいるけれど、彼には、使える材をひとつも無駄にせず活かそうとする誠実さがある。
 その目はいつも、材を見て、家を見て、そこに集う人を見ている。
 莉央には、黒川の言葉の奥にある真剣さが伝わってきていた。

 「あの古民家、亡くなった母親の、じいさんの家なんだ」
 「え?!」

 思いがけない話に、つい声が出た。
 古民家に関する資料を思い起こせば、所有者履歴に”黒川”の名はなかった。気付くはずもない。

 「両親が共働きで忙しくてさ、俺、小さいころあの家にしょっちゅう預けられてたんだよ。縁側も、囲炉裏も、土間も……全部俺の記憶の中にある」

 莉央は納得した。
 基本設計の段階から黒川が細部にまでこだわっていた理由。
 黒川会長が「あの家には想い入れがあるのだろう」と言った本当の意味。

 (黒川さんにとってあの古民家はただの空き家じゃない。家族の記憶が詰まった、特別な場所だったんだ……)

 「ありがとな」

 黒川がまっすぐ莉央の方を向いた。

 「大事な家が生き返る。お前のおかげだ。俺だけじゃ、たぶん、ここまでやれなかった」

 「私、黒川さんの建物にかける想い……ひたむきで、優しくて、でも情熱的で……すごく素敵だと思ってました。だからこそ、私も動けたんです。そういう黒川さんに……惹かれました」

 思いがけず、素直な気持ちが口をついて出た。恥ずかしさをごまかすようにうつむくと、すぐ隣から低く響く声が返ってきた。

 「今の、もう一度言って?」

 冗談めいて、でも、どこか本気の声音で。

 「え、あの、聞こえましたよね?」

 莉央が上目づかいで抗議の意思を示しても、黒川は悪戯(いたずら)っぽく口角を上げるだけだ。

 「聞こえたけど、もう一度聞きたい」

 黒川は、仕事に対しては妥協しないくせに、こんなときだけ子どもみたいな顔をみせるのだ。

 (ほんと、ずるい……)

 莉央は大きく息を吸ってから、言う。

 「黒川さんの、そういうところに惹かれました」

 黒川の目がすっと優しくなる。

 「……やばいな。お前、かわいすぎ」

 黒川の手が伸びてきて、指先が莉央の髪に触れた。その優しい感触を覚えていたくて、目を閉じる。

 (黒川さん……)

 杉の香りを含んだ風がふたりの間を通り抜け、莉央の心も柔らかく揺らしていった。