未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 トラブルは、基本設計がまとまり、あとは実施設計へと進むだけ――そんな矢先に起こった。

 課内の定例会議で、課長は淡々と言った。

 「財政の都合でね、予算削減を前提にした見直しが必要になった。当初に予定していた額は捻出できなくなったよ」

 眼鏡の中央を指で押し上げながら、あまりにさらりとした口調でいう。

 「そんな……」

 莉央は、椅子から半分腰が浮いた。

 黒川に落ち度はない。提示された予算の範囲内で、無理なく、それでいて建物の既存の良さを損なわないよう、構造も素材も、綿密に設計されていた。知っているから、莉央は言葉を強めた。

 「困ります。黒川さんは、もともと予算のゆとりのない中で、最善の空間になるように調整を重ねてくださっていたんです」

 黒川の力量があったからこそ、ここまで良いものが、低予算で出来上がっているのだ。けれども課長の表情に深刻さはみられない。面倒ごとを早く切り捨てようとしているとすら感じた。

 「いやいや、なにもプロジェクトを白紙にしようって言うんじゃない。使う木材を変更すれば解決する」

 莉央は驚いて顔を上げた。

 木材――それは黒川が特に心を砕いて選んだ、国産材だったはずだ。彼は、いくつものサンプルを取り寄せ、かつての空間を取り戻せるような香りや手触りまでを考えながら選んでいた。黒川の真剣な横顔が思い出された。

 「材を変えれば、全体の風合いが変わります。あのデザインは、あの木材だから成立するんです」

 「外材なら、同じ量で半額以下だよ。塗装すれば見た目は変わらない。”古民家風”のテイは保てるだろう? 塗料のコストくらいは余裕がある」

 形を整えて中身をすり替えるような妥協は、黒川が最も嫌うところだ。

 「黒川さんは、納得なさらないと思います」

 きっぱりと告げた。

 「そうかい? でも、副市長が、黒川建設に口をきいてくれてね。今回はそちらで外材を仕入れてくれるそうだ。さすが大手はスケールメリットが違う。おかげでだいぶ安くなる」

 ――黒川建設。

 莉央の背筋が硬くなった。

 「黒川建設って……黒川さんの?」

 噂の域をでなかった話が一気に現実味を帯びた。

 「そうだよ。黒川氏は、あの黒川建設の御曹司だ。自分の父親が助けてくれるんだ。不満があるとは思えないがね」

 違う。違う、違う――

 莉央は心の中で何度も首を振った。
 見せかけだけを繕って、本質を変えてしまう保存。そんな偽りを、黒川悠真が()とするはずがなかった。
 莉央の胸に、黒川の信念のあるまなざしがよみがえる。談笑しながら、デザイン案を出し合った地域メンバーの笑顔も。

 「黒川氏を説得してくれよ、宮本くん。それがキミの仕事だ」

 課長は、莉央の肩を軽く2度叩いた。