未完成の恋ですが。~俺様建築士と描く未来の設計図~

 子ども図書館のプロジェクトに参加するようになってから、帰宅はいつも遅い。
 玄関の鍵を静かに開けると家の中はまっくらで、母は、もう眠っているようだった。仏壇にある父の遺影に「ただいま」と手を合わせてから、音を立てないように2階の自室に上がる。

 莉央は本棚の奥から数冊の絵本を取り出した。表紙がほつれ、ページの角が丸くなったものもある。

 父を早くに亡くし、母はいくつもの仕事を掛け持ちして育ててくれた。家にひとりでいる時間が多かった莉央にとって、絵本や児童書は常に、そばにいてくれる友達だった。

 いつか、自分も絵本を作る人になりたい。そう思っていたばずなのに、安定した仕事や人からどうみられるかとかのほうが大事になって、夢を夢のままにしていた。

 「やってみろよ」

 黒川はごく自然にそう言った。迷いなく、さりげなく、でもしっかりと莉央の背中を押した。
 彼は、自分で夢をつかみにいった人だ。自分で選んで、自分で決めて、自分で進んだ。うまくいかなかったこともあったかもしれない。でも、あきらめなかったから、今の彼がある。

 (黒川さんみたいになれたら)

 彼のようにまっすぐに、自分の”好き”に向かっていけたら。
 彼に認められたい。そう思った。でも、それだけじゃない。

 もっと私を知って欲しい。もっと私に向き合って欲しい。もっと私を見ていて欲しい。
 もっと、私だけを――

 ああ、と莉央は思った。

 (私、黒川さんのこと、好きなんだ……)

 言葉にしたとたん、胸がきゅ、と苦しくなる。

 莉央は机の引き出しを開けた。

 (たしか、ここに)

 奥から古いスケッチブックを取り出した。
 ページをめくると、かつて夢中で描いた動物たちの絵や色鉛筆の優しい風景があった。
 莉央は、深く息を吸い込むと、新しいページをひらいた。

 ――やってみよう。今度こそ、ちゃんと。