会が終わり、地域メンバーがひとり、またひとりと帰っていく。静けさが戻った夕暮れの古民家には、二人だけが残った。
莉央がホワイトボードのイレーザーを手に取ると、黒川が声をかける。
「待って。それ、消すな」
ホワイトボードには、先ほど話題にあがった窓のスケッチがいくつか描かれていた。格子窓、丸窓、和模様のステンドグラス風の窓。どれも、メンバー達の意見を聞きながら、莉央が自分の手で描いたものだった。
黒川はスケッチにスマホを向け、画像に収める。
「お前、イラスト上手いな。絵になるとひと目でイメージがわく。美大とか出てるレベルに見えるんだけど」
「美大……そうですね。行きたかったけど、あきらめました」
「どうして?」
「卒業しても食べていけないって、親が反対して。地元で公務員になるのが一番だって言われたので」
黒川が莉央の返答に、両肩を上げた。
「親の反対、か。もったいねーな。独学でここまで描けるのに」
莉央の胸の奥が少しだけうずいた。長い間、封印してきた夢。いまさら口に出せば、もうそれは”未練”でしかない気がした。
でも。
「本当は、絵本作家になりたかったんですよ」
気がつけば、ぽつりと言葉が口をついていた。心の奥にしまい込んでいたはずの夢が、黒川を前に、自然とこぼれてしまった。黒川がゆっくりと顔を向ける。
「なんで”なりたかった”なんだよ」
「え…?」
思わず問いかえずと、黒川の強いまなざしが莉央をとらえていた。
「俺なんか、親に反対されても好き勝手やってきた。だからかもしれないけど、夢だったって過去形にしてるの聞くと、こっちが悔しくなる」
黒川建設の跡継ぎだという彼は、父親と方針が合わず独立したらしいと美咲が言っていた。
仕事上、黒川建設が高層マンションやショッピングモールなどの華やかで大型の建物を中心に作っていることは知っている。莉央は、黒川という人間に触れるたび、それらが彼の目指すものとは対極にあると感じるようになった。
黒川は続けた。
「そもそも、お前、夢を叶えるためになにかしたの?」
莉央は言葉に詰まった。黒川は、出会って間もないというのに莉央の本質を見抜いている。確かに、なりたいと思っていただけで実際には行動していない。むしろ、行動しない言い訳ばかりを探してきた。
まっすぐな線の上を、転ばずに歩くために。
「やってないのに諦めるのは違うんじゃないかって思う。今だって、こんなにいいイラスト描けてるじゃん。デザインやってる俺でも、こんなの描けない」
やりもしなかった自分。
でも、黒川は責めているのではなく、莉央の可能性を信じてくれている――そんな言葉に聞こえた。
しばらく沈黙していると、黒川は頭を掻いた。固まったままの莉央が傷ついていると思ったのだろう。
「なんか、ひどいこと言った……よな。悪い」
「いいえ」
莉央は即答する。
「黒川さんは、強い信念があって、まっすぐで……うらやましいです」
黒川は苦笑する。
「いや、まっすぐすぎて人と衝突ばっかするよ。役所の人とは、特に」
その言いぐさに莉央は笑ってしまった。なぜか、止まらない。
「お前、笑いすぎだろ」
黒川もまた、声をたてて笑っている。
窓から見える西の空がこがね色に染まって、一日の終わりを優しく告げていた。
莉央がホワイトボードのイレーザーを手に取ると、黒川が声をかける。
「待って。それ、消すな」
ホワイトボードには、先ほど話題にあがった窓のスケッチがいくつか描かれていた。格子窓、丸窓、和模様のステンドグラス風の窓。どれも、メンバー達の意見を聞きながら、莉央が自分の手で描いたものだった。
黒川はスケッチにスマホを向け、画像に収める。
「お前、イラスト上手いな。絵になるとひと目でイメージがわく。美大とか出てるレベルに見えるんだけど」
「美大……そうですね。行きたかったけど、あきらめました」
「どうして?」
「卒業しても食べていけないって、親が反対して。地元で公務員になるのが一番だって言われたので」
黒川が莉央の返答に、両肩を上げた。
「親の反対、か。もったいねーな。独学でここまで描けるのに」
莉央の胸の奥が少しだけうずいた。長い間、封印してきた夢。いまさら口に出せば、もうそれは”未練”でしかない気がした。
でも。
「本当は、絵本作家になりたかったんですよ」
気がつけば、ぽつりと言葉が口をついていた。心の奥にしまい込んでいたはずの夢が、黒川を前に、自然とこぼれてしまった。黒川がゆっくりと顔を向ける。
「なんで”なりたかった”なんだよ」
「え…?」
思わず問いかえずと、黒川の強いまなざしが莉央をとらえていた。
「俺なんか、親に反対されても好き勝手やってきた。だからかもしれないけど、夢だったって過去形にしてるの聞くと、こっちが悔しくなる」
黒川建設の跡継ぎだという彼は、父親と方針が合わず独立したらしいと美咲が言っていた。
仕事上、黒川建設が高層マンションやショッピングモールなどの華やかで大型の建物を中心に作っていることは知っている。莉央は、黒川という人間に触れるたび、それらが彼の目指すものとは対極にあると感じるようになった。
黒川は続けた。
「そもそも、お前、夢を叶えるためになにかしたの?」
莉央は言葉に詰まった。黒川は、出会って間もないというのに莉央の本質を見抜いている。確かに、なりたいと思っていただけで実際には行動していない。むしろ、行動しない言い訳ばかりを探してきた。
まっすぐな線の上を、転ばずに歩くために。
「やってないのに諦めるのは違うんじゃないかって思う。今だって、こんなにいいイラスト描けてるじゃん。デザインやってる俺でも、こんなの描けない」
やりもしなかった自分。
でも、黒川は責めているのではなく、莉央の可能性を信じてくれている――そんな言葉に聞こえた。
しばらく沈黙していると、黒川は頭を掻いた。固まったままの莉央が傷ついていると思ったのだろう。
「なんか、ひどいこと言った……よな。悪い」
「いいえ」
莉央は即答する。
「黒川さんは、強い信念があって、まっすぐで……うらやましいです」
黒川は苦笑する。
「いや、まっすぐすぎて人と衝突ばっかするよ。役所の人とは、特に」
その言いぐさに莉央は笑ってしまった。なぜか、止まらない。
「お前、笑いすぎだろ」
黒川もまた、声をたてて笑っている。
窓から見える西の空がこがね色に染まって、一日の終わりを優しく告げていた。
