彼女は屋敷で働くことになった。
真面目で頑張り屋で、料理は美味い。
かわいい笑顔でおはようございますやお疲れ様ですと言う姿に組員の中で瞬く間に人気者になった。

彼女が働き始めてから一緒にいることはなくなった。食堂で会うことはあるが、もちろん特に会話はしない。彼女は体調がよくなり、みんなと馴染めている。俺のお役目は終わったと思っていた。


俺は日々橋本組に関する仕事をこなしていたが、なかなか情報は集まらなかった。

当時よく、雪菜を橋本組に渡さないと彼女のファンの組員達が言っていた。橋本組に勝てたのは彼女の存在がみんなを団結させたこともあるだろう。
普段の俺なら女のためにあほらしいと思っただろうが、今回は俺もその気持ちに便乗していた。
もちろん口には出さなかったが。




吸入薬がそろそろ無くなるだろうと思い、彼女の部屋に行った。別に長く話すつもりなんてなかった。薬を渡したら帰ろうと思っていた。


彼女は俺が去ろうとすると、寂しそうにした。

姐さんや桜さんと上手くやっていて、日に日に明るくなっているのは遠目にでもわかった。2人とは同性であり、雪菜の前で極道のような雰囲気は出さないだろう。実際、極道の妻の中では穏やかな方だと思う。

俺よりも2人の方が心の支えになれるだろうし、傷も少しずつ癒えているように思っていたため、彼女の雰囲気には少し驚いた。


だけど、彼女をこのまま1人にしたくなくて、部屋に入って、彼女がスケッチを見たいというので描くことにした。


俺はその時の描きたいと思った気持ちのままに描く。なんとなく彼女の笑顔を描きたくなった。その時は別に描きたい意味なんて考えてなかったが、今思ったら、彼女には笑顔が似合うと言いたかったのかもしれない。辛さや苦しさを抱えながらも笑顔を振る舞う彼女の力強さは魅力的だと。


彼女はその絵を見て泣きだした。
不安や寂しさや恐怖を1人で抱えるには彼女はまだ幼い。真っ白な16歳の女の子が突然売られて、逃げて、拾われてここに来た。ここの人間に馴染んでいるように見えたが、彼女は気を張り、真面目に働き、先行きがみえない不安と戦いながら生きている。
俺は胸の中で泣き続ける彼女を抱きしめた。


この時自分の行動に違和感を覚えた。
いつもの俺なら絶対にやらない言動だなと。
まだこの時の俺は彼女を好きだと認めてはいなかった。


だけど、彼女がここを出て明るい人生を歩めるようになるまで支えると決めた。