一瞬何を言われたのか分からず、ユスティーナの思考は停止した。

ヴォルフラム殿下と私が婚約……一体何の冗談?ー。

「兄上とユスティーナが婚約したとは何の冗談ですか」

レナードは引き攣った顔で、ユスティーナの気持ちを代弁してくれた。

「冗談じゃないよ。お前と彼女が婚約解消をした次の日には書面を交わしている。公表はまだだったけどね」

「有り得ない……幾ら何でも早過ぎます‼︎やはり二人はずっと前から」

そこまで言ったレナードは口を閉じた。ヴォルフラムから刺す様な鋭い視線が向けられている。

「いい加減しつこいよ。僕は違うと言っているよね。お前の言葉は全て憶測であり、証明出来るものが何一つない。もはや妄想の域だ。それに比べて、僕と彼女の潔白は明らかだ。どうする?お前とジュディットを先程言った通り不敬罪にでもしようか?」

ヴォルフラムは冷笑した。黙り込む二人にヴォルフラムは面倒そうにため息を吐く。

「まあ、それはまた違う機会に話すとしようか。それより、此の場にいる者達に改めて聞いて貰いたい」

少し声を張り上げ、出席者達へと向き直る。

「聞いての通り、ジュディット・ラルエットは既に王太子である僕の婚約者ではない。ただの一介の侯爵令嬢に過ぎない。またこれは別件ではあるが、彼女の父ラルエット侯爵は近い内にとある理由から失脚をするだろう。それを十分に理解した上で今後の身の振り方を良く考える事だ」

ラルエット侯爵の失脚、その言葉に集まっていた貴族令息や令嬢らは、互いに顔を見合わせ騒つく。無論ユスティーナも突然の事に戸惑いを隠せない。

「お父様が失脚するって、何⁉︎どう言う事なの⁉︎」

「そのままの意味だよ。子が子なら親も親だったと言う事だ。本当、好き勝手してくれる。ラルエット侯爵は()()()()()()()、取り敢えずそれだけは教えておいてあげるよ。後はラルエット侯爵に自分で直接、何が起きているのか聞くといい。と言ってもここ数日、彼は屋敷には戻ってないと思うけどね」

それだけ言うとヴォルフラムは、ユスティーナに「行こうか」と声を掛け腰に手をまわすと踵を返す。背中越しにジュディットが何か喚いているのと、それをレナードが困惑しながら宥めているのが聞こえるが、彼は意に介さずしれっとしてした。







ヴォルフラムに連れられ中庭を後にした。廊下の角を曲がり、完全に人影が視界から消えるとユスティーナは全身の力が抜けヴォルフラムに寄り掛かってしまった。自分で思っていた以上に緊張していたのかも知れない。

「大丈夫?少し休もうか」

心配そうにするヴォルフラムに身体を支えられながら、客室へと通された。

「ヴォルフラム殿下、あの少し座っていれば平気ですので……」

「無理をしてはダメだよ。君はもう僕の大切な婚約者で、延いては妻も同じなんだ。そんな女性(ひと)を放っておけないよ」

ユスティーナはベッドに寝かされ、大袈裟にも彼は医師を呼び、そのまま診察をする事になってしまった。別にどこも悪い所はない筈だが「かなりの心労で、身体にも影響が出ております。暫くは安静になさって下さい」と言われ思わず目を丸くする。

「きっと、あの二人の所為だね。可哀想に……。これからは僕が君を護るから心配は要らないよ。彼等には後でこの事も含めて、抗議しておくからね」

「……」

「ユスティーナ?」

返事をしないユスティーナにヴォルフラムは首を傾げる。だが、ユスティーナは彼を暫く凝視した後、背を向けシーツを頭から被った。

「ど、どうしたの?」

少し焦った様な彼の声が聞こえるが、ユスティーナは黙りを決め込んだ。