折角私だけのものになったのに、どうしてレナードは喜んでくれないの?意味が分からない。彼は私の事を愛しているのに、こんなのおかしい。

今朝、レナードとユスティーナの婚約破棄を聞いた時にはそれはもう歓喜した。彼は昔から自分の所有物(もの)だった。それをあんな小娘に、どうして奪られなくてはならないのかと、ずっと不満だった。

レナードがユスティーナと婚約した当初、余りに腹が立ち父に訴えたが、無理だとハッキリ言われてしまった。何でもユスティーナとか言う娘の父親と国王は古い友人関係にあるらしく父が口を挟める話ではないとの事。本当に悔しかった。

ジュディットは、レナードとヴォルフラムとは幼馴染で、幼い頃から自分が何方かと結婚する事は分かっていた。家柄、容姿、気品に溢れ、ジュディット以上に王子等の妃になるのに相応しい娘などこの世にいる筈がない。父も母も何時もそう言っていた。
十歳になった頃、遂にヴォルフラムと婚約をした。まあ、至極当然だ。それに正直、レナードよりヴォルフラムの方が好みであり、やはりただの王子妃ではなく、王太子妃の方が自分には相応しいと思う。

ただ不満はあった。昔から自分の言う事をなんでも聞いてくれ、特別扱いしてくれるレナードとは違ってヴォルフラムはジュディットに対して何時も淡白だった。それは彼の婚約者になっても変わらない。誰もが自分を絶世の美女だと媚び諂う中、どうしてヴォルフラムだけは気のない素振りを見せるのか……。

だからワザとレナードと仲睦まじく振る舞って見せた。きっとレナードにジュディットを奪われてしまうと彼も焦り、嫉妬するに違いない。それにユスティーナにも己の立場というものを弁えさせるのには丁度いい。自分の婚約者が他の女を優先させ大切にしている姿を見せつけてやれば流石に莫迦な女でもレナードに己が相応しくないと理解して、その内身を引くだろう。
何時もあの女の目の前で、レナードがジュディットを選ぶあの瞬間、優越感を感じずにはいられなかった。本当は怒りたいのに泣きたいくらい悔しい癖に、無理矢理笑みを作り何でもない様に去って行く。可笑しくて仕方がない。高笑いを堪えるのが大変だった。

ただ肝心のヴォルフラムは、どんなにジュディットがレナードと仲良くしていようが、嫉妬しないどころかまるで興味がない様にしか見えなかった。
もしかしたら、幼馴染だから仲良くしているだけ位にしか思っていないのかも知れない。なら、もっと恋仲に見える様に振る舞えば良い……そう思いジュディットはレナードと益々距離を縮めていった。



「レナード殿下は、どうやら街へ向かった様です」

実はレナードが中庭から去った後直ぐに、侍従に彼の後を追わせていた。報告を受けたジュディットは直様馬車に乗り街へ向かう。自分の事を放っておいて一体何処へ行くつもりなのか……苛々が募る。

ある程度馬車で街中を走り、適当な場所で降り尾行していた侍従と合流した。侍従等はその場で待機させ、ジュディットはレナードの後を一人追った。

彼は何処へ行く訳でもなく、暫く街中を彷徨い歩いていた。フラフラした足取りで、やはり少し様子がおかしい気もする。人通りを抜け、更に歩いて行くとある場所に辿り着いた。

「教会?」

そこは古びた小さな教会だった。ジュディットがたまに行く街の中心部にある大きく美しい教会とは随分と違い見窄らしい。ジュディットは怪訝そうな表情を浮かべながら、物陰に身を隠してレナードを見ていた。すると彼は教会の敷地内の入口で立ち止まると周囲を見渡す。何かを探している様に見えた。
そしてある方向へ視線を向けたまま微動だにしなくなる。ジュディットの位置からは、視線の先に何があるのか確認が出来ず、少し場所を移動したその瞬間……。

「⁉︎」

ヴォルフラムが女を抱き締めているのが視界に入った。目を見開き頭の中真っ白になる。何故、彼がこんな場所にいて女を抱いているか。

「っ……」

次の瞬間には、今度ははらわたが煮え繰り返る程の怒りが湧いて来た。

まさか浮気をしていたなんてっ、赦せないー。

こんなに完璧な婚約者がいるのにも関わらず、あり得ない。しかもジュディットはヴォルフラムにこれまで一度だって抱き締められた事などない。彼に触れられるのはダンスの時やエスコートで腰に手を回される時のみだ。それなのに、他の女を抱き締めているなんて……。

身体中が沸騰した様に熱くなり怒りで小刻みに震えるのを感じた。歯をギリギリと噛み締め、ドレスのスカートをキツく握り締める。

赦せないー。

ヴォルフラは暫くすると女から離れた。そして女の顔が見えた時、愕然した。

「あの、女は……」

ユスティーナ・オリヴェル。レナードの婚約者、いや元婚約者だ。

あの女がヴォルフラムの浮気相手……?あんな何の取り柄もないつまらない女が彼の浮気相手だというのか……?あんな女に自分は負けたというのか……信じられない。

ジュディットが放心状態になっていると、レナードは一瞬蹌踉めき、フラフラとした足取りで踵を返し此方へと向かって来た。そこで我に返り、慌ててジュディットも踵を返してその場を後にした。

帰りの馬車に揺られながらジュディットは苛々が抑えらず、思わず爪を噛む。

私の方が何十倍といい女なのに、何であんな女に……。ようやくあの女からレナードを取り戻せたのに……あの女は、今度は私からヴォルフラムを奪おうとしている……赦せない。絶対にそんな事は、赦さないー。