弾かれるように目を開ける。白い天井。白い床。緩い呼吸が、規則正しく私の意識を導きだす。
「…………」
ゆっくりと身体を起こし、流れるようにベッドから下りた。頭が重い。まるで熱に浮かされていたみたいだ。自分の手のひらを見て、その指をぎゅうと握ってみる。そして開く。しびれた感覚がぴりぴりと皮膚を伝った。
「……夢?」
ここは私の部屋だ。そうか、私、やっぱり今まで夢を見ていたんだ。
「……美音くん」
私はそのまま部屋を飛び出して、階段を駆け下りた。リビングにはきっと、私の焦がれてやまなかった人がいる。
薄暗いリビングに明かりもつけないで、その人はいた。いつもの椅子に腰かけて、何か本を熱心に読んでいる。不安や恐れ、悲しみや怒り、言葉にできる限りの感情そのすべてを、静かな胸の鼓動がかき消してゆく。
「……美音くん……」
声にならない私の呼びかけに、その人はゆっくりと顔をあげた。
「音寧、大丈夫?」
少し困ったような、懐かしい微笑み。いつもと変わらない声色。愛しい、私の人。私だけの人。心の底から抑えきれないものが込み上げて来て、あたたかく頬を伝った。
よかった。よかった。本当に。
美音くんは、私を置いてあんな小さな骨になんてならない。なるわけがない。
「音寧。」
春の女神もため息を溢すような幸福の光に包まれて、その人は私だけをいっぱいに見つめている。そんな幸せの洪水に溺れるように、私も久しぶりに息をする。
「美音くん───」
ごめん。ごめんなさい。私の気持ちばかりを押しつけて。すべてを台無しにしてしまって。
私いいの。どこにいても誰を好きでも、苦しくても辛くても、ただ、明日も生きていてくれさえすれば、それでよかったのに。
ただそれだけでも、真っ先に伝えたかった。 それなのに、私が名前を言いきるよりも前に、彼の顔は悲しげにどろりと歪んでいく。薄暗い部屋はあの夜のような静寂に沈む。そしてまた、終わらないあの日を繰り返す。
「許してほしい。」
次の瞬間、氷が打ち砕かれたように、目が覚めた。
