「遺言……?」
ゆるやかな風が彼の髪を揺らし、私の乾いた唇も掠めた。
『許してほしい』
兄が私に残した言葉といったら、たったそれだけだった。あのあとすぐに、私が自分の部屋へ戻ってしまったから。
結局、何を「許してほしい」だったのか、その言葉の真意すらわからない。
「──もしも自分がこの世からいなくなるようなことがあったら、音寧ことをみてやってほしい。たった1人の妹で、これ以上、彼女を1人にさせたくない──と。」
だから、その人から語られた言葉は、私が初めて聞く最もらしい兄の遺言だった。
私を1人にさせたくないなんて、そんなことを気にかけてくれるのは、この世でもう美音くんしかいなかった。そう思いたかった。
「……どうして。」
信じられるわけがない。でも、この2ヶ月。生きているようで死んでいるような、ただただ時間が過ぎるのを眺めるしかなかった。それももう、限界だ。
目の前に立つ美しい人が、眉間に皺を寄せる。私が泣き出したからだ。
こちらに何の感情も抱いていないような、冷たい声や眼差し。兄とは全然タイプが違う。でも、2ヶ月ぶりに感じた懐かしい兄の気配。
私はしばらく涙を止めることができなかった。思えば、あの夜以来の人前で流した涙だ。
呆れているのか、興味がないのか、彼はただ声を殺して泣く私を眺めているだけで、何も言わなかった。
夏の気配に片足を踏み込んだ、どこかうっすらとした初夏の風に押し流され、私はまだこの仕組まれた歪みに気がつかない。
ただ、私を取り巻く現実から少しでも遠くに逃れたかった。空っぽの家、財産、心、すべてを置き去りにしてゆけるひそやかな場所へ。
掟レオ。彼のもとで私の新しい生活は始まった。
