私の中にあるモノ

ーーーーー…山口が、研究室で人生最後の数分を過ごしている間。

私は、引きちぎった彼の左手を持って、竜人研究所の廊下を歩いていた。

…目指すのは、6階。

生体認証ロックを解除する為に、どうしても山口の…身体の一部が必要だった。

6階の鍵を開けさせる為なら、彼の命を奪う必要はなかったのかもしれない。

だけど、彼は多くの命を奪い過ぎた。

こんなことは、もう終わらせなければならない。

…だから…。

山口の左腕を抱いて、歩いていた廊下の先に。

ふと、人影が見えた。

職員に見つかったのかと思った。

…だけど、違っていた。

「…行くのか、みなっちゃん」

「…。…此代…」

暗がりの中に、ぼんやりと立っていたのは此代だった。

此代ムノウ。

「どうしたの…。…こんな深夜に…」

「それは…こっちの台詞なんだけど?」

「…」

…そうだね。

お互い様だよね。

「野生の勘…って言うか、竜の勘って言うのかね。どうにも胸騒ぎがして…」

「…」

「そうか…。胸騒ぎの正体は、あんたさんだったんだな。みなっちゃん」

此代は、私が血まみれの腕を抱いているというのに。

悲鳴を上げることも、怯えることもなかった。

ただ、すべて「分かっている」という顔をして、微笑みながら私を見つめていた。

「此代…。…私は…」

どうしても、やらなきゃいけないことがある。

だから、そこを通して欲しい…と。

…わざわざ、彼に伝える必要はなかった。

「行けよ、みなっちゃん」

そもそも此代は、私の前に立ちはだかるつもりでそこにいたのではなかった。

むしろ、その逆。

私の背中を押す為に、ここに来たのだ。

「此代…。君も…知ってるの?」

私が知っている、祖竜の記憶を…此代も知っているのか、と思ったが。

「いいや、俺には分からない。みなっちゃんみたいな優等生じゃないからな…俺は」

「…それなのに、通してくれるの?」

「当たり前だろ?俺には分からなくても、みなっちゃんにとっては必要なことなんだ。君はきっと間違えない。正しいことをしてくれるはずだって信じてる…。…友達だからな」

「…此代…」

…君って人は。

「こんな場所じゃ、こんな世界じゃ、何が正しくて、何が間違ってるのか誰にも分からない。…だったら俺は、自分が正しいと思ったことをするよ」

うん。

…そうだね…。本当に、そう…。

「…ありがとう、此代…」

「いいんだよ、気にするな。…さぁ、行け。行って、自分の正しいと思うことをしろ」

「うん…」

そう言って、此代は私を促した。

最期まで彼は、私に微笑みかけてくれていた。

私は此代の目の前を通り抜け、彼に背中を向けて、廊下の先に駆け出していった。