私の中にあるモノ

…驚いた。

「知ってるの?私の名前…」

初対面…の、はずなんだけど。

「??知ってるよ?ムリカお姉ちゃんんでしょ?」

「え?う、うん…」

「これまで何度もお話したよ?」

「…」

成程、そうか。分かった。

この子が言う「ムリカお姉ちゃん」は…記憶を失う前の私のことだね。

「ごめんなさい。私…記憶がなくなってしまって、あなたのことを覚えてないの」

「えっ」

「友達…だったんだよね?…忘れちゃって、ごめんなさい」

「…そっかー。…ムリカお姉ちゃん、忘れちゃったんだ…。…それなら、仕方ないね」

「…」

なんと聞き分けの良い子だろう。

「どうして忘れたの?」「どうして記憶がなくなったの?」と、詰問されると思ったのに。

この施設で生きていれば、記憶を失うこともあるだろう、と。

この子はこの歳で、自分達の身に起きていることを理解しているのだ。

「…だから、改めて教えてくれる?…あなたのお名前は?」

「私ね、ムメイっていうの。東野(あずまの)ムメイ」

「そっか…。ムメイちゃんね。歳はいくつなの?」

「6歳」

「そう…」

じゃあ、私よりも十歳近く年下なんだね。

そんな小さい子も…。

「ムメイちゃんは、ここでお勉強してるの?」

「そうだよ。昔の御本を読んで…。そうしたら、ムリカお姉ちゃんやムライカお姉ちゃんみたいに、頭が良くなれるでしょ?」

「…!」

…ムライカ…。…近江さん、は。

どうやらこの子は、まだ近江さんの死を知らないらしい。

…教えない方が良いだろう。ショックを受けさせたくはなかった。

「?ムリカお姉ちゃん?」

「そうね…。私はともかく、近江さんは、頭が良かったね…」

私なんかより、ずっと。

彼女は、生きるべき竜人だった。

「だから、私もムリカお姉ちゃんやムライカお姉ちゃんみたいに、お勉強を頑張ってるの」

「そっか…。ムメイちゃんは偉いね」

「えへへ」

照れ臭そうに微笑む、ムメイちゃん。

こんな地獄みたいな場所でも、子どもの笑顔は無邪気だった。

井戸の底に生きていたとしても、広い空の青さを知っている。

「それで…どんなお勉強をしてるの?」

「…」

私がそう質問をすると、ムメイちゃんは表情を曇らせた。

え?

「…むつかしくて、あんまり分からないの」

ムメイちゃんは、しょんぼりと呟いた。

あ、そうなの…。

まぁ、ムメイちゃんはまだ…絵本か、読めたとしても子供向けの児童書じゃないと難しいだろう。

あろうことか、ムメイちゃんが読んでいたのは…。

「これは何…?何の本なの?」

「えっと…りゅーじんけんきゅーじょの、昔の研究の本…?」

と、首を傾げるムメイちゃん。

自分が何を読んでいるのかも、よく分かってなかった様子。

とにかく、分厚い本だ。

この図書室に置いてある本の中で、一番分厚いんじゃないだろうか。

分厚い本=たくさん勉強出来る、と思って選んだのだろう。

気持ちは分かるけど。

でも、読めなかったら意味ないよね。