放課後の昇降口。
今日こそ静かに帰れるかと思った矢先――背後から声がかかる。
「玲那ちゃん」
玲那が振り返ると、そこに立っていたのは、夜叉連の女幹部・嶺岸 凛(みねぎし りん)。
制服姿ではなく、黒の革ジャケットにダークグレーのパンツ、ヒールブーツ。
学校という空間に似合わない、大人の空気を纏った女性だった。
「……凛さん?」
「ちょっとだけいいかな。話したいことがあるの」
玲那は戸惑いながらも、頷くしかなかった。
⸻
歩いてたどり着いたのは、学校の裏手、河川敷の近く。
夕日が差し込む時間帯。風が冷たく、草がさわさわと揺れている。
「……ここ、兄と来てた場所なんですか?」
玲那がぽつりと尋ねると、凛は静かに笑った。
「そう。晴翔とはよくここで話してた。……夜中、朝方、意味もなくね」
「……そうだったんですね」
「玲那ちゃんは、どこまで兄貴のこと知ってる?」
「……昔から優しかったです。馬鹿みたいに真面目で、困ってる人を放っておけなくて……
私の憧れで……自慢の兄でした」
凛は少しだけ目を細めて、その言葉に頷いた。
「うん、晴翔は……そういう男だった。
まっすぐで、正義感が強くて、口うるさくて。
……でも、誰よりも信頼できるヤツ」
玲那が凛の横顔を見つめていると、ふいに凛が静かに続けた。
「……あたし、晴翔のことが好きだった」
玲那の目が驚きに見開かれる。
「仲間としても。……男としても。
あいつとは、付き合ってた時期もあった。……でも、それはあんたには言わないつもりだった」
「……え?」
「言っても意味ないって思ってたし、あたしが傷つくのも、あんたが戸惑うのも――どっちも嫌だった」
凛の声は、決して感情的ではなかった。
けれど、その静けさの奥に、確かな痛みがあった。
玲那は何も言えずに俯く。
兄の知らなかった一面。知らなかった関係。
自分は“家族”だったはずなのに、何も知らなかった。
「蓮が夜叉連に入って間もない頃、めちゃくちゃ暴れててね。止めようとした先輩連中も手が出せなかったくらい。でも、その蓮を真正面から殴り飛ばしたのが、晴翔だった」
「兄が……蓮を?」
「うん。初対面でいきなり拳ぶつけて。
でもさ、あたし、それ見て思ったんだ。
――この二人、分かり合えるかもしれない、って」
凛は懐かしそうに笑う。
「その日からだった。蓮が、晴翔に“敬意”を持ち始めたの。最初は反発してたくせに、だんだん行動も変わってきて……蓮なりに、晴翔の背中を追いかけてた」
玲那の胸が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。
「……じゃあ、どうして……兄は……」
凛は、その言葉に静かに目を伏せる。
「――あの日。蓮は確かに現場にいた。
でも、手を下したのは蓮じゃない。止めようとしてたんだよ、必死に。……けど、間に合わなかった」
「……っ」
「それ以来、蓮はずっと自分を責めてる。
あんたが思ってるより、あいつは深く背負い込んでるんだよ。自分は晴翔を“守れなかった”ってな」
玲那の目に、薄く涙が滲む。
「そんなこと……なにも、知らなかった……」
「知らなくて当然。
でも、あんたが蓮を憎むことで、蓮は“罰を受けてる”って納得しようとしてる」
「……」
「だから、あたしが今日ここに来たのは――
あんたにその“誤解”を、少しでもほどいてほしかったから」
凛は玲那の顔をじっと見て、穏やかに微笑んだ。
「蓮のこと、今すぐ信じろとは言わない。
けど……晴翔が“認めていた”人間を、あんたがどう見るかは、あんた次第でしょ?」
玲那は黙ったまま、夕焼けに染まる空を見上げる。
⸻
その夜。
玲那のスマホに通知が届いた。
《From:黒崎蓮》
『明日、ちょっと時間くれねぇか。……晴翔のこと、ちゃんと話したい』
玲那はしばらく返信欄を見つめ――
『……わかりました』
そう短く打ち込んで、送信ボタンを押した。
今日こそ静かに帰れるかと思った矢先――背後から声がかかる。
「玲那ちゃん」
玲那が振り返ると、そこに立っていたのは、夜叉連の女幹部・嶺岸 凛(みねぎし りん)。
制服姿ではなく、黒の革ジャケットにダークグレーのパンツ、ヒールブーツ。
学校という空間に似合わない、大人の空気を纏った女性だった。
「……凛さん?」
「ちょっとだけいいかな。話したいことがあるの」
玲那は戸惑いながらも、頷くしかなかった。
⸻
歩いてたどり着いたのは、学校の裏手、河川敷の近く。
夕日が差し込む時間帯。風が冷たく、草がさわさわと揺れている。
「……ここ、兄と来てた場所なんですか?」
玲那がぽつりと尋ねると、凛は静かに笑った。
「そう。晴翔とはよくここで話してた。……夜中、朝方、意味もなくね」
「……そうだったんですね」
「玲那ちゃんは、どこまで兄貴のこと知ってる?」
「……昔から優しかったです。馬鹿みたいに真面目で、困ってる人を放っておけなくて……
私の憧れで……自慢の兄でした」
凛は少しだけ目を細めて、その言葉に頷いた。
「うん、晴翔は……そういう男だった。
まっすぐで、正義感が強くて、口うるさくて。
……でも、誰よりも信頼できるヤツ」
玲那が凛の横顔を見つめていると、ふいに凛が静かに続けた。
「……あたし、晴翔のことが好きだった」
玲那の目が驚きに見開かれる。
「仲間としても。……男としても。
あいつとは、付き合ってた時期もあった。……でも、それはあんたには言わないつもりだった」
「……え?」
「言っても意味ないって思ってたし、あたしが傷つくのも、あんたが戸惑うのも――どっちも嫌だった」
凛の声は、決して感情的ではなかった。
けれど、その静けさの奥に、確かな痛みがあった。
玲那は何も言えずに俯く。
兄の知らなかった一面。知らなかった関係。
自分は“家族”だったはずなのに、何も知らなかった。
「蓮が夜叉連に入って間もない頃、めちゃくちゃ暴れててね。止めようとした先輩連中も手が出せなかったくらい。でも、その蓮を真正面から殴り飛ばしたのが、晴翔だった」
「兄が……蓮を?」
「うん。初対面でいきなり拳ぶつけて。
でもさ、あたし、それ見て思ったんだ。
――この二人、分かり合えるかもしれない、って」
凛は懐かしそうに笑う。
「その日からだった。蓮が、晴翔に“敬意”を持ち始めたの。最初は反発してたくせに、だんだん行動も変わってきて……蓮なりに、晴翔の背中を追いかけてた」
玲那の胸が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。
「……じゃあ、どうして……兄は……」
凛は、その言葉に静かに目を伏せる。
「――あの日。蓮は確かに現場にいた。
でも、手を下したのは蓮じゃない。止めようとしてたんだよ、必死に。……けど、間に合わなかった」
「……っ」
「それ以来、蓮はずっと自分を責めてる。
あんたが思ってるより、あいつは深く背負い込んでるんだよ。自分は晴翔を“守れなかった”ってな」
玲那の目に、薄く涙が滲む。
「そんなこと……なにも、知らなかった……」
「知らなくて当然。
でも、あんたが蓮を憎むことで、蓮は“罰を受けてる”って納得しようとしてる」
「……」
「だから、あたしが今日ここに来たのは――
あんたにその“誤解”を、少しでもほどいてほしかったから」
凛は玲那の顔をじっと見て、穏やかに微笑んだ。
「蓮のこと、今すぐ信じろとは言わない。
けど……晴翔が“認めていた”人間を、あんたがどう見るかは、あんた次第でしょ?」
玲那は黙ったまま、夕焼けに染まる空を見上げる。
⸻
その夜。
玲那のスマホに通知が届いた。
《From:黒崎蓮》
『明日、ちょっと時間くれねぇか。……晴翔のこと、ちゃんと話したい』
玲那はしばらく返信欄を見つめ――
『……わかりました』
そう短く打ち込んで、送信ボタンを押した。


