兄の仇にキレ散らかしたら、惚れられたんですけど!?


「お前、ほんとに顔変わったな。最近」


次の日の朝。


羽瀬 京馬が放ったその一言が、頭から離れなかった。



(顔が変わった、って……)



昨日の放課後、昇降口。

蓮の隣に立っていた、顎ピアスの男――羽瀬 京馬。

スーツみたいな服装に身を包み、蓮と同じ“夜叉連”の幹部だという彼。



あの無愛想で、やたら整った顔と低い声が、ずっと耳に残っていた。



(蓮の……素の顔、って感じだった)



玲那は、蓮の“そういう顔”を初めて見た気がした。
人を信じて、気を抜いて、自然に笑ってる――そんな顔。

それが、どうにも胸に引っかかっていた。



⸻



登校し教室に入った途端、クラス中の視線が集まってくるのが分かった。



「椎名ちゃん、昨日さ……黒崎先輩と一緒にいたよね?」


「えっ!? ……え、いや、まぁ……いたけど……」


「それと、隣の人!ピアスの人!あれ誰!?かっこよすぎてビビった!」


「な、なんでみんなそんな知ってんの!?!?!?」


話題はどんどん一人歩きしていく。
玲那の意思とは無関係に、“黒崎蓮と接点がある女子”として広まってしまっていた。



(ちょっと待って……これマズいやつじゃん……!)



噂されるのも、見られるのも、めちゃくちゃ気まずい。
しかも、その内容が「夜叉連の人と一緒にいた」って……!



(あいつのせいでまた面倒なことに……!)



⸻



昼休み。玲那は人の少ない中庭へ逃げた。

ベンチに座り、ジュースの缶を開けて、一息。



「……はぁ……。学校って、なんでこうなるのよ……」



風が優しく髪を揺らす。
少しだけ、静かな時間。気持ちが落ち着いていく――はずだったのに。



「サボり?」

「ッッッ!!!!!」



突然、背後から聞こえてきた声に、缶を落としそうになった。



「な、なんでいんのよ!!!」



振り向けば、そこにはやっぱり黒崎蓮。
制服の上着は脱ぎ、シャツの袖をまくりあげて、涼しい顔で玲那の隣に腰を下ろす。



「落ち着くと思って。俺もここ、好きなんだよな」


「真似すんな!!」


「いや、お前より先にここ見つけたの俺だから」


「うっっっざ!!!」


玲那は視線を逸らす。
蓮はにやにやしながら、自分の缶ジュースを開ける。


「……どう思った?」


「は?急になに?」


「昨日。京馬のこと」


「……怖かった。
なんか、人間っていうより、ナイフみたいな感じ。しゃべったら刺さりそう」


「はは、たしかに。
 あいつ、基本無愛想だしな。でも昔、俺がぶっ壊れて
た時……一番近くで引き戻してくれた」


「ぶっ壊れてた……?」


「ま、色々あってな」


蓮は空を見上げた。
その瞳は、ほんの少しだけ遠くを見ていた。



「だからさ、“顔変わった”って言われたの、ちょっと嬉しかった」


「……あんた、昔はどんな顔してたの?」


「多分、お前が見たら怖がる」


「今も十分怖いんだけど」


「ひでぇな。
 でも、今のお前とこうやって話せるなら、
 俺は……今の顔のままでいたい」


ぽつりと呟いたその言葉に、玲那の心臓が跳ねた。



「……でも、私は許してないから。あんたのこと」


「うん、知ってる」


蓮は、そう言って、笑った。



「それでも、俺はお前の隣にいたい」


また、その言葉。

シンプルで、真っ直ぐで、
ずるいくらいに揺さぶってくる。

玲那は、何も返せなかった。
ただ、ぎゅっと缶を握りしめた。



⸻

放課後。昇降口で靴を履きながら、ふと後ろを振り返る。
誰もいない。
でも、どこかで見られているような気がして――

(あ……)

校門の先、人気のないフェンスの影。

スーツのような服を着た男が、壁にもたれかかって立っていた。
顎にピアスが光る。羽瀬 京馬だ。

玲那と目が合ったその瞬間、京馬は何も言わずにフッと笑い、
そのまま背を向けて歩き出していった。

(……何あの人)

でもなぜか、その背中から目が離せなかった。