一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

二人に向かってエールを送り、仲良く去って行く後ろ姿を見届けていると、

「あれ? 大神君?」

背後から俺を呼ぶ女性の声。
聞いていると、無意識に背筋が伸びてしまうこの声の主は――。

「天城……」

振り返った先には、頬を緩ませて遠くを眺める天城の姿があった。
黒のトレンチコート姿が大人びて見え、ほんの少し心が騒ぐ。
 
「あの二人、上手く行ったみたいね」
「さぁ、どうだろう。星崎の頑張り次第じゃないか?」
「じゃあ、全力で応援しないとね」

星崎と愛原の背に向かって、小さな応援を始める天城。
二人の姿が見えなくなるまで、楽しそうに眺めていた。

「時間、大丈夫なのか?」
「うん、今日はお姉ちゃんの家にお泊りなの。この近くに住んでるから」
「そうか……」

ふと、母親の言葉を思い出す。

クリスマスがどうとか色々言ってたが、なんでこんな時に……。

「どうしたの? ぼんやりして」

心配そうに俺の顔を覗き込む天城。
初めて、彼女がメガネをかけていない事に気が付いた。
レンズに遮られていない瞳の中に、クリスマスカラーのネオンが写り込む。
ただ素直に、綺麗だと思った。

「あ、いや、あのさ……」
「――ん?」

いつもなら思った事を口に出来ていたのに、なぜか今日は言葉に詰まった。
思いがけず生まれてしまった無言の時間が、必要以上に神経を研ぎ澄ませてしまう。
学校で毎日会っているはずなのに、今日、初めて目に留まる事ばかり。

俺より身長が少しだけ低い事とか。
髪がとても長くて綺麗な事とか、
笑顔が可愛い事とか。

気持ちに余裕が出来たせいなのか、これまでの自分では考えられない思考と感情が溢れだした。

マジか――。
でもまぁ、ここは素直に自分の気持ちに従っておくか……。

「天城、お腹空いてない?」
「え? うん、夕飯時だしね」
「それなら一緒にどう? 奢る」
「ホント!? やったー」

子供のようにぴょんぴょんと跳ねる天城。
愛原に身悶えたり、星崎に向ける策士のような顔とはまた違った姿に、面白くなって盛大に笑ってしまう。
 
「そんなに喜ぶなんて、誘った甲斐があったな」
「そりゃそうだよ。クリスマスの夜に素敵な男の子と過ごせるなんて思って無かったから」
「……それは、俺で良かったのか?」
「大満足!」

無邪気な笑顔。
嘘の無い清らかな声。
本気なのか冗談なのか、天城の本心が気になり胸がざわつく。

まいったな……。
また、新しい悩みが生まれてしまった。
 
年が明けたら愛原と星崎に相談してみるか。

解決できるかは俺次第だろうけど……。



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