一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「ごめん。大事なこと話し忘れてた」
「大事な事?」

この状況で大事な事なんて、譲渡先がきまっているとか、そんな話ではないだろうか。

喜ぶべき事なのに、大神君の事を考えると声が震えてしまう。
陽華ちゃんは息を整えると、私達の足許で戯れていた二匹の猫に手を伸ばした。

「実は、もう少し慣れたら二匹ともウチの子にしようかって、叔母さんと話してたところなの」
「「……え?」」

私と大神君の声が綺麗に重なる。
予想通りの反応だったのか、陽華ちゃんは楽しそうに話を続けた。

「叔母さんがこの子達を気に入っちゃって、今、専用の部屋を作ってる所なんだ」
「専用の部屋?」
「そう、この子、男の人苦手でしょ? 叔父さんを追い出す訳にも行かないから、男子禁制の猫部屋を作ろうって叔母さんが」
「それは凄いね! でも、男子禁制って……」
 
隣に立つ大神君が、今にも倒れそうな勢いで絶望している。

「男子……禁制……ダンシキンセイ……だんし……」

念仏のように唱える大神君。
陽華ちゃんは急いでタマゴちゃんを抱き上げると、大神君の元に歩み寄った。

「ごめんごめん、大神君は特別だから、いつでも遊びに来て」
「……いいのか?」
「大神君には懐いてるみたいだから」
「ありがとう、けど、凪が聞いたら拗ねるだろうな」

大神君は、遠くで不貞腐れている獅童君に(あわ)れみの視線を送る。
陽華ちゃんは面白そうにケラケラと笑った。

「大丈夫、アイツは私が相手をしてあげるから」

そう言うと、陽華ちゃんは腕の中のタマゴちゃんを大神君に託し、獅童君の元へと戻って行く。

残された私たちは自然に見つめ合った。

「良かった……。これでいつでも会えるね」
「あぁ、そうだな。次に来る時は星崎も誘っていいか?」

大神君は企むように笑い、私に星崎君の存在を思い出させる。

「……う、うん」

そうだ。
星崎君のところに行かなくちゃ……。
本当の姿で、私の気持ちを伝えないと――。

沈みかけた太陽の下。
被りなれた赤い帽子に手を掛ける。

みっちゃんが作ってくれた帽子。
私を守ってくれる大切な帽子。

だけど――、

私は深呼吸して、そっと帽子を脱いだ。
乱れた髪が風に揺れる。

足許には細長く伸びる私の影。 
そこに猫耳の影は無かった。

バイバイ……。

帽子をコートのポケットにねじ込み、大神君の正面に誇らしげに立つ。

「帰ろっか」
「あぁ……」



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