一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

振り返ったその先には、私の帽子を握りしめ、左ほほを赤く染めた獅童君が立っていた。

無事で良かった。

恐怖よりも先に湧いた不思議な感情。
私の帽子を握りしめた獅童君は、先程までの挑発的な様相は無く、縋るように瞳が揺れている。

そう言えば、学園祭の時も去り際の表情はどこか寂し気だった。

もしかして、本当に大事な話なのかもしれない。
それに、ちゃんと帽子を持って来てくれてるし、そんなに悪い人では――、

「しつこい男。あんた、彼女いないでしょ」

よ、陽華ちゃん!?

歩み寄ろうとして一歩前に出た私を、陽華ちゃんが強気に制す。当然の事だが向こうも引く気はないようだ。

「お前に用は無い」
「知ってる。鈴に何の用?」
「関係ない奴は引っ込んでろ」
「嫌よ! 確かにあんたと私は無関係だけど、鈴と私は友達なの。だから関係なくはない」

陽華ちゃんの口から出た友達と言う言葉に心が躍る。
私と陽華ちゃんは友達。

私の……友達……。

胸の奥に広がる暖かな感情に浸っていと、

「――ったく、友達、友達って、馬鹿じゃねぇのか?」

獅童君の声が地鳴りのように胸に響いて来た。
これまでとは違う苦しそうな声。
 
もしかして、この人――。
 
脳裏に大神君の顔が浮かんだその時、

「お前だって、いつもガラの悪いお友達と一緒だっただろ」

背後から力強い男性の声が聞こえた。
怒りや悲しみでも無い、諦めを背負った声。
余りに辛そうで、声の主が大神君だと気が付くまで少し時間がかかった。

「大神君!? どうしてここに!?」
「愛原の帽子を持ってる獅童を見かけて、追いかけて来た」
「――あ! ごめん、猫、見失っちゃって……」
「いや、それはいい。愛原が無事でよかった」
 
大神君は柔和な表情を浮かべ、私の頭をポンポン叩く。
無事を確認すると言うよりも、帽子を被っていない事を褒めてくれているような触れ方だ。

初めての感触に、気恥ずかしさでうつむいていると、

「新しい男。鈴、モテるわね」

陽華ちゃんがニタニタしながら私の肩を小突いてくる。

「ち、違う違う。そういうのじゃない!」
「いやー、どこからどう見てもそういう関係にしか見えないけどなぁ」
「本当に違うんだって、大神君もなんか言って!」

私がそう言うと、大神君は急にかしこまって深々と頭を下げた。

「初めまして、大神優牙です。愛原のお婆ちゃんの家に下宿させてもらってます」
「あぁ、貴方がルミさんとこの……」
「ルミさんとお知り合いですか?」
「バイト仲間だったの。私、花宮陽華、よろしくね」
「こちらこそ」
 
強面な見た目とは裏腹に、恭しく挨拶する大神君。
少し驚いた様子の陽華ちゃんだったが、直ぐに企むような笑みを作る。