一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

覚悟を決めて帽子の端を握りしめる。
ちゃんと、星崎君の気持ちに答えないといけない。
私は――、

「鈴？」

突然、降って来た甲高い声。
どこか聞き覚えのあるような、ないような。

「えっと……」
「やっぱりそうだ！　鈴だよね？」
　
驚嘆しながら近づいて来たのは、ポニーテールが良く似合う気の強そうな女の子。隣では頼りなさそうな男の子が不思議そうに私を見ていた。

「あ、あの――」

ラメ入りのアイシャドーで彩られた煌びやかな目元。
ぽってりとした艶やかな唇。
女の子らしいピンク色のコートに身を包んだ美少女。
　
こんな綺麗な子、私の知り合いには――、

「覚えてない？　私、小学生の時に同じクラスだった――」
「――っ！？」

全身が粟立つ。
無意識に目の前の綺麗な顔と、同級生の顔を一人ずつ重ねてしまった。

あの子だ。

毎日のように遊んでいた唯一の友達。
猫が好きな友達。
私が死なせてしまった猫の飼い主。

「陽華だよ」

知ってる。
男の子と喧嘩しても勝ってしまうくらい、心も体も強い子だったのに、飼い猫が死んでしまった時は暫く学校を休んでしまった。
クラスの子達は私を責めた。
私が死なせてしまったからだ。

『鈴ちゃんが殺したんだって』

薄れかけていた記憶が鮮やかに色づいて行く。
塞がりかけたキズが開いて行くような恐怖に襲われ、追われるようにその場を去った。
背後から私の名前を呼ぶ声。
　
違う。
私は――、

無我夢中で走り、気が付けば動物園を出てバスに乗っていた。
窓の外にはどんどん小さくなって行く観覧車。
何度か深呼吸をして頭の中を整理する。

どうして、陽華ちゃんが……。

私が小学生の頃に住んでいたのは、ここから随分と遠い街だ。
田舎ではあったけど、少し電車で移動すれば遊園地や動物園があったはず。

どうしてこんな遠くに……。

観覧車が見えなくなり、やっと心臓が穏やかになる。
けれど、我に返った途端に冷や汗が流れ出た。

星崎君、置いて来ちゃった……。

慌ててスマホを取り出すが、肝心の連絡先を交換していない事に気付く。
　
とりあえず、天城さんに連絡入れとこう。
でも、気付いてくれるかな？
一応、大神君にも連絡しておいた方が良いよね……。

落胆しながらスマホを操作し、窓の外を眺めてみた。
寒そうだけれど、綺麗な公園が目に入る。
　
少し歩いて頭冷やそう。
　
降車ボタンを押し、公園の近くでバスを降りた。
　
大神君がお昼を食べていた公園は、ここの事なのだろうか。
　
タマゴちゃん、いないかな……。