一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

観覧車がゆっくりと下りて行く。

早く。
早くここを出たい。

思えば思うほど、観覧車の速度が落ちて行く気がした。

「あ、あの、私……」
「ごめんね急に」
「……う、ううん」

言葉が出て来なくて、うつむいたまま首を横に振る事しか出来ない。
星崎君も、それ以上言葉を発しなかった。
 
えっと……もしかして私の聞き間違いだった?
だ、だよね。
私の事なんて好きになるはずないよね。
だって、まともに話すようになったの最近だし、中学の時なんてお互い存在すら――、

「愛原さん、これ」

うつむく私に、星崎君がスマホを見せて来た。

「――?」
「さっき、恥ずかしくて見せられなかった」

覗きこんだスマホの画面には、笑顔の女の子と可愛い猫が映っている。

赤い帽子を被った中学生くらいの……。
え? これって!?

「私!?」
「そうだよ。覚えてる?」

縋るような星崎君の眼差し。
思い出さなければ失礼な気がして懸命に記憶を辿った。

「この猫、近所の公園で怪我してうずくまってた子かな? 名前は確か――」

「「しらたま」」

綺麗にユニゾンした声に星崎君が微笑む。

「おかげさまで、今も元気だよ」
 
その一言で、全てが繋がった。

「この子が、星崎君の猫?」

そう聞くと、星崎君は優しく微笑んで頷く。

「よかった。覚えていてくれて」
「覚えてるよ。大怪我だったから」 
「助けてくれてありがとう。やっと直接言えた」
「……いえ、どういたしまして」

でも私は、友達の猫を――。

ガタンと観覧車が停車する。
 
スタッフがドアを開いたと同時に、私は急いで観覧車から飛び出た。

「愛原さん!」

星崎君に呼び止められ、足を止める。
合わせる顔が無い。
星崎君の猫を助けたのは私。
だけど、友達の猫を死なせてしまったのも私。

「ごめん、ちょっとお手洗いに」
「分かった。何か飲み物買って来るから、そこのベンチで待ってて」
「うん」
 
そう返事をすると、逃げるようにトイレに向かった。
 
どうしたら良いんだろう。
告白されただけで、付き合ってと言われた訳ではないし……。
でも、この先そんな話をされてしまったら、私は平静を保っていられる気がしない。

用の無いトイレの中で真剣に考えてみるが、何も答えは出なかった。
 
大きな溜息を吐き、トボトボとトイレを後にする。
遠くで飲み物を選ぶ星崎君を眺めながら、ベンチに腰かけた。
 
星崎君は優しくてかっこいい。
そんな人に好かれるのは嬉しいけれど、何というか……。

荷が重い。

しかも、猫が好きだなんて、やっぱり私は呪われている。

意図せず帽子へと手が伸びた。
せめて猫耳さえなければ、もっと気楽に考えられるのに――。
猫耳さえなければ――。
猫耳さえ――。
 
違う。
 
猫耳なんて無い。
大神君がそう言っていた。
星崎君にも見えなかった。
見えているのは私だけ。

ここには何もない!