一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「ごめん。愛原さんもジェットコースター乗りたかった?」
「う、ううん、乗りたくない……かな」
 
そう言って帽子を押さえると、星崎君は納得の表情を浮かべる。

「だよね、怪我の事もあるし、乗らない方がいいよ」
「あ……うん」

嘘を吐いてしまった。
怪我なんて関係ない。
ジェットコースターに乗りたくないのは、帽子を脱がなければいけないからだ。
大神君には申し訳ないけど、私はまだ人前で帽子を脱ぐ勇気は無い。
そんな私の本心など知る由もない星崎君は、天城さんを笑顔で送り出す。

「天城さん、俺達の事は気にしなくていいから楽しんできて」
「ありがとう。二、三周したら戻って来るから、二人はデートして待ってて」
 
天城さんは可愛くウインクして颯爽と立ち去った。
 
デートって……。
 
天城さんの細やかな冗談で、私の心臓は大きく揺れた。
星崎君も少し困惑しているようで、逆さまのパンフレットを凝視している。

どうしたら良いんだろう。
 
星崎君と遊園地で二人。
良く考えたら、星崎君ファンに恨まれてもおかしくない状況だ。
しかも、自分たち以外のお客さんは明らかに恋人達ばかり。
とりあえず笑って誤魔化すしかないかな。

「な、なんか、カップルだらけだね」
「クリスマスだからね」
「ごめんね、私なんかと二人になっちゃって……」
 
迷惑にならないように少しだけ距離を取った。
星崎君はパンフレットをポケットにねじ込みながら、私との距離を取り戻す。

「どうしてそういう事を言うの?」
「そ、それは、ほら、わ、私たち、恋人じゃないし……」
 
一歩、二歩と再び距離を取ろうとする私に、星崎君は悲しげに手を伸ばしてきた。

「じゃあ、なる? 恋人」
「――へ?」

差し出された手を見つめながら呆然と立ち尽くす。

今、恋人って言ったよね?
まさか聞き間違い?
だとしたらこの手は何?
本気? ――な訳は無いし、冗談だよね?

もしもこの手を取ったなら、星崎君はどんな反応をするのだろう。
ドキドキとハラハラが入り混じった不思議な感覚。
何かしら答えを出さなければと考え込んでいると、星崎君は自嘲するように笑いながら手を引っ込めた。

「冗談だよ。ごめん」
「――そ、そっか、びっくりしたー」

やっぱりそうだよね。
分かってはいたけど胸の奥がチクチクした。
星崎君は一体何を考えているんだろう。
問いかけるように見つめて見るものの、答えが返って来る事は無く、星崎君は再びパンフレットを取り出した。