一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「もしかして、さっき来てたあの人って――」
「友達だった。父親が逮捕される前日までな。ショックだったよ、まさかアイツにまで猫殺しなんて言われると思わなかったから」
「酷い。大神くんがやった事じゃないのに……」
「そうだな。でも、アイツの言ってる事は間違ってなかったよ」
「――え?」
「俺は父親が稼いだ金で生活してた訳だから、手を下して無くたって同罪だ。ご飯も、服も、ゲームも、全部、猫を殺して得た金で与えられた物だから」

悔いた表情。
かける言葉が見つからない。

「大神君……」
 
大神君と一緒に過ごしてきた日々の記憶が蘇る。
夕飯に手を合わせて命に感謝する姿。
先輩達から私を庇ってくれた頼もしい姿。
行方不明の野良猫に思いを馳せる姿。

大神君は――、

「もう、充分償ってると思う。だから――」
「いや、まだだよ。まだ許せてもらってない」
「誰に?」
「――神様かな」

大神君は自嘲気味に笑う。

「神様?」
「あぁ、だってさ、どこに行ったって猫殺しの罪が追いかけて来るんだ。転校しても、名字を変えても、遠く離れた高校に進学しても、忘れるなって言われてるみたいに俺の過去が暴かれる」

大神君の声は悔しさと悲しみを含んでいた。
自然に涙が出る。
私と同じ。
大神君にとって、あの人の存在は――。
 
ポケットに入れていたメモを取り出して開く。
そこには、あの人の名前とメッセージアプリのIDが記されていた。
 
獅童凪(しどうなぎ)――。
 
大神君を猫殺しと(ののし)った人に、少しでも頼ろうとした自分に怒りが込み上げる。

私はメモを切り裂いて屋上からばらまくと、唖然とする大神君の胸に飛び込んだ。
大胆な行動だとか、恥ずかしいだとか、そんな事はどうでもいい。
ただ、逃がさないように。
私のそばから居なくならないように。
泣きじゃくりながら大神君を抱きしめた。
 
「なんで愛原が泣くの?」

大神君は私を拒絶する事は無く、優しく頭を撫でてくれる。
それが余計に嬉しくて、更に涙があふれた。

「わかんない。けど、私は絶対、あの人みたいな事は言わないから……だから、いなくならないで。一緒に卒業しよう」
「……ありがと」

囁くような声は少し震えている。
泣いているようにも聞こえたけれど、確認する事は出来なかった。
私を抱きしめる腕がとても力強かったから。



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