一匹オオカミ君と赤ずきんちゃん

「メイドカフェってだけでもおもしれ―のに、猫耳とかマジかよ。何考えてんだ?」
 
吐き捨てるような声音。
怖くて体が動かない。

誰?

なぜ、私の事を知っているの?
私には見覚えが無い。
 
ううん、覚えていないだけで、本当はどこかで会っているのかも……。

懸命に記憶を辿る。
いつだろう。
私はいつ彼に――。

「よぉ、元気だったか? 猫殺し」

え――?

答えに辿り着く間もなく、不良男子は私にトドメを刺した。

心臓が痛い。
息が止りそうだ。
抑え込んでいた記憶が溢れ、体の力が抜けて行く。
遠くなりかけた意識を必死で保っていると、

「何しに来た」

背後から力強い声がした。
ずっと探し求めていた人の声に、薄れかけていた意識が呼び戻される。
勢いのまま振り返ると、そこには怒りに満ちた表情の大神君が立っていた。
不良男子は私では無く、大神君に話しかけていたようだ。

でも、だとしたら猫殺しって……。

「愛原、ちょっと向こう行ってて」
「う、うん……」

大神君に促されて少し離れた所に退避すると、不良男子はイヤらしい笑みを浮かべた。

「へー、優しいんだな。(つぐな)いのつもりか?」
「お前と話す事は何もない」

声を荒げる大神君に、不良男子は寂しげに眉尻を下げる。

「なんだよ。せっかく会いに来てやったのに、つれねぇな」
「出て行け!」
「おいおい、俺はお客様だぞ? ちゃんと接客して欲しいなー」

不良男子は満面の笑みで私を見据える。
返答に困って口をパクパクさせていると、大神君が私の前に立ちはだかった。

「ここはお前が来るような所じゃない」
「はぁ? だったらお前はどうなんだよ」
「俺は――」

不良男子の問いかけに、大神君は急激に勢いを無くしてしまう。

「大神君?」
 
心配になって二人に近づくと、不良男子は得意気な表情で私の顔を覗き込んで来た。

「ねぇ、君さ、コイツとはあんまり仲良くしない方がいいよ」
「どうして、ですか?」

恐る恐る聞き返すと、不良男子はニッコリと笑う。

「そっか、やっぱり知らないんだ」
「何の事ですか?」

首を傾げると、不良男子はそっと私の耳に顔を寄せて声を潜ませた。

「コイツさ、お金の為に、たーくさん猫を殺した悪い奴なんだよ」
「え……?」

答えが欲しくて大神君を見つめる。
否定も肯定もない(うつ)ろな表情。
つまり、事実なのだろう。

「おい、何か言ってやれよ。この子、可哀想だろ」

煽るような発言に、大神君の表情が険しくなった。

「お前はそんな事をわざわざ言いに来たのか?」
「ははは、まさか、俺は彼女に用があって来たんだよ」

不良男子は何かを訴えるような目をしながら、私に向かって手を伸ばす。
大神君は慌てて彼の動きを制止すると、そのまま胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。
止めに入る事も出来ず顔を背けていると、豪快な足音と共に教室のドアが開く。